ITmedia NEWS >

ベンチャーキャピタルとの付き合い方(3)金融・経済コラム

» 2006年09月25日 11時00分 公開
[保田隆明,ITmedia]

 ベンチャーキャピタルでプロフェッショナルとして働く人をキャピタリストと呼びます。アメリカのベンチャーキャピタルの場合は、キャピタリストが自ら担当する投資案件に対して重い責任を持つことが多くあります。どういうことかというと、キャピタリストの仕事は魅力的なベンチャー企業を見つけ、投資し、育成し、そして最後はその企業が上場するとき、またはM&Aで売却される時などに投資して取得した株式を売却するというプロセスとなりますが、この全ての過程において、この担当キャピタリストの意見が強く反映され、逆にその結果に対しても責任を負います。

 投資実行時であれば、他のプロフェッショナルが多少反対したところで、担当キャピタリストが「これは絶対に魅力的な企業です。私が責任を持ちます」と言えば投資実行がなされることもあります。そして、投資後は文字通り責任を持ってその企業の育成に取り掛かり、上場まで面倒見ます。その過程では他のキャピタリストが何か積極的に協力してくれるということはあまりありません。なんとなくみんながいいと思う企業に投資をして、なんとなく成功、または失敗をするというようなケースは少なく、成功案件を担当したキャピタリスト、失敗案件を担当したキャピタリストがはっきりと分かる構造になっています。

 この構図を可能としているのは、キャピタリストもがベンチャーキャピタルファンドの投資者となっていることが多いからです。つまり、キャピタリスト自身もファンドに投資をしているので、ファンドが損をすれば自分も損をすることに等しくなります。逆にファンドの成功は自分の投資分に対しての利益も発生しますので、まさにファンドと一心同体の関係になります。かつ、誰がどの成功案件、失敗案件を担当したかが分かりやすいので、自分のキャリア形成上も案件を成功させたい、失敗させたくないという思いが強く働きます。

 一方、日本のベンチャーキャピタルの構造上の問題は、キャピタリストがサラリーマンキャピタリストだということです。キャピタリストがファンドに自らも出資しているケースは少ないので、ファンドの成功と自分の成功が一心同体というわけではありませんし、投資が成功してもスペシャルボーナスが出るわけでもなく、給与はサラリーマンとしてもらうわけですので、どうしても投資案件を成功させようという意気込みではアメリカのキャピタリストに劣ってしまうと思われます。

 また人間の行動理由の大きなものの1つは恐怖心ですが、失敗させるのは怖いという思いが強ければ強いほど、なんとか投資先企業には成功してもらいたいので、アメリカのキャピタリストは自らが一生懸命ベンチャー企業のために労を尽くすことになります。他方、日本の場合は、失敗しても責任の所在がハッキリしませんので、失敗することに対する恐怖心はそれほど強くないでしょう。

 前置きが長くなりましたが、ベンチャーキャピタルから出資を受けたベンチャー企業経営者がよくこぼす愚痴の1つは「ベンチャーキャピタルは投資をしただけで、その後は何もしてくれない」というものです。経営者側はキャピタリストがお金だけでなく、自社のために有形無形の労力を提供してくれるだろうと期待してベンチャーキャピタルを株主に迎えることが多いです。しかし、蓋を開けてみるとたまに取締役会にオブザーバーとして参加してトンチンカンな質問をしてそれでお終い、というケースもあるようです。これは、上述のように、日本の場合はキャピタリストが投資先企業のために週に何時間も費やす場合と、何もしない場合とでは、自分の業績の結果には極論すれば何も違いがないからです。もちろん投資先企業のために時間を費やして、少しでも成功する確率を高めた方が会社にとっても、ベンチャーキャピタルにとっていいことは間違いありません。しかし、キャピタリストの報酬という意味では、特に大きな変化はありませんし、自らが成功の立役者となれるわけでもないので、それであれば、投資先の会社のために一生懸命時間を使うよりは、さっさと定時で仕事を切り上げて友達と飲みにでも行く方がいい、というようなことになってしまいます。

 もちろん、これは極端な例であり、もともとベンチャーキャピタルで働くキャピタリストには自らも起業してみたいと思っている人や、ベンチャー企業の支援が大好きな人達が多く存在します。そういう人達は自分のプライベートの時間を削ってでも投資先企業のために時間を使いたいと思う場合も多々あります。しかし、アメリカのベンチャーキャピタルとの対比では上述のような違いがあり、また、最初はそのような崇高な想いを持っていても、結局評価されないのであれば一緒じゃんということで、徐々に手抜きになっていく場合もあります。

 しかし、今更日米のベンチャーキャピタルの構図の違いを憂いてみても何も始まりません。ベンチャー経営者がベンチャーキャピタルから出資を受けることを検討するのであれば、上記のようなことを所与のものとして理解し、ベンチャーキャピタルに対してはあまり過度の期待をしない方がいいということになります。一方、上述しましたが、キャピタリストの多くは、少なくとも当初はベンチャー企業に対して非常に興味を高く持っていた人達です。であれば、報酬面ではなく、彼らの事業興味、仕事興味をそそるぐらいにベンチャー企業側の事業内容、経営陣が魅力的であれば、それらキャピタリストのやる気を引き出せるかもしれません。つまり、キャピタリストを自社のファンにする、惚れさせることができれば、報酬目当ての場合よりもむしろいいパフォーマンスが期待できるかもしれません。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.