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新興市場の低迷はいつまで続くのか?金融・経済コラム

» 2006年11月06日 10時14分 公開
[保田隆明,ITmedia]

「新興市場の低迷はいつまで続くのか」

 という質問を最近よく受けます。結論から申しますと、新興市場制度が改善されないことには、低迷したままになっている方がいいのではないかとさえ思います。また、低迷という表現を使う方が多いですが、個人的には今の状態が常態化するのではないかと見ています。

信用買いと信用売りの仕組み

 新興市場が抱える問題点の1つに、信用買いはできるが信用売りはできない銘柄が多いということがあります。信用買いとは、投資家が証券会社からお金を借りて株式を購入することであり、信用売りとは投資家が証券会社から株を借りて空売りをする行為です。

 自己資金100万円だけで株式購入をしたとして、株価が5%上昇すると、利益は5万円です。しかし、200万円を借りて合計300万円で株式購入をして株価が5%上昇すると、利益は15万円。200万円の借金に対する利息が軽微であれば、自己資金のみで株式購入をする場合に比べて約10万円儲けが大きくなります(損した場合はもちろん損失額が大きくなります)。これが信用買いのカンタンな構図。

 逆に、今1000円の株価が下がると思っている人は、株式を1000株誰かから借りてまず売っておきます。1000円x1000株=100万円分の株式を売るのです。そして、株価が5%下がったときに1株950円で1000株分を市場から買い戻して、株を貸してくれた人に返します。市場から買い戻す金額は95万円ですので、5万円分儲かります(実際には貸し株料を支払いますので、5万円以下になりますが)。これが信用売り(空売り)のカンタンな構図です。

 では、信用売りの場合、誰が株を貸してくれるのでしょうか? 例えばあなたがトヨタ株1000株を持っていたとしましょう。しかし、その株は長期保有を目的としており、向こう数年間は売却の予定がないとします。そんなときに、証券会社が「その株を半年間貸してくれれば手数料を少しお支払します」と言ってきたとすると、あなたは喜んでその株を貸すでしょう。そうやってあなたから株を借りた証券会社は、信用売り(空売り)をしたい人に株の又貸しをします。

 「タンス株を貸し出しませんか? 手数料お支払します」というような広告を見たことがある人も多いと思いますが、そのカラクリはこの信用売りの貸し出し用の株になるのです。

 したがって、誰かが信用売りをするためには、まずは証券会社が又貸し用に株を集めてくる(借りてくる)必要があります。逆に言えば、証券会社が株を集めることができないと信用売りに対応することはできません。

 新興企業の場合、上場後しばらくの期間は市場で取引される株数が少なく、証券会社が貸し出し用の株を集めたくてもなかなか集まりません。したがって、信用売りに対応できません。一方、お金であればカンタンに貸すことができるので、信用買いには対応可能です。

 ということで、信用買いはOKでも信用売りはNGな新興企業株がたくさん存在します。

信用買いと信用売りが揃ってこそ健全な株価に

 一方、昨今のIPOブーム、そして株式投資ブームによって、新興企業の株は人気でした。大量の信用買いも投入されてみなこぞって買いまくりという状態でした。当然株価はグングン上がります。

 通常は、「この企業の株価は高すぎる」と思えば、投資家は空売りを仕掛けます。そして、株価が下がってきたときに株を買い戻して利益を得ます。この動きが株価の調整要因になりますが、空売りができないと、本来存在するはずの売り圧力が存在しません。その結果、株価上昇角度、スピードが緩やかになるべき株価がそのまま上昇し続けたり、下落すべき株価が下がらない状態が続きます。その間にも信用買いでますます株価が上がったりします。

 しかし、信用買いをしているということは、お金を借りて株式投資をしていますので、そのお金を返すためにどこかのタイミングで購入した株式を売却します。売却するということは株価にとっては下落要因です。

 このように信用買いしかできない状態が存在することで、上がるところまで上がったロケットはどこかのタイミングで下がってきます。そして一度下がりだすと上昇分が大きすぎたため、下落分も大きくなります。2005年〜2006年前半に上場した新興企業の株価がロケットの放物線のようになっているのはこういう理由もひとつあります。

 一般的には、多くの銘柄で信用買いの方が信用売りよりも多くなります。東証の平均で見ると過去1年間の平均は約3倍強。トヨタやキヤノンなど、いわゆる有名大企業ですと2倍弱。一方、楽天で2.7倍、サイバーエージェントで4.9倍、GMOインターネットで1.7倍です。これらネット系企業3社は上場からそれぞれ6年、6年、8年経っていますが、それぐらい経ってやっと信用買いと信用売りの割合も一般企業並みになったのでしょう。ロケット放物線が終わって、健全な売りと買いの圧力が拮抗している状態になったわけです。PERで見ても以前ほど割高感はありませんし、ここまで来て初めて株価が健全化なわけです。

 全ての新興企業がこのロケット放物線を描いたとすると、ロケットの上昇局面の企業が多ければ「新興市場はにぎわっている」のでしょうし、ロケットの下降局面の企業が多ければ「新興市場は低迷」となるのでしょう。

 これは非常に不健全な状態です。

解決策はある……が

 では、問題を解決するにはどうすればいいでしょうか。信用買いを禁止すればいいじゃないかという議論も出てくると思いますが、それでは根本的な問題を解決しません。と言うのは、証券会社での信用買いを禁止しても、投資家が勝手にどこかからお金を借りてきて株式投資をすれば、結局は信用買いをしていることと全く変わりありません。もちろん、現在証券会社が貸し出しているぐらいの低金利でお金を借りるのは難しいでしょうが、それでもまだまだ低金利が続いている日本ですので、不可能ではありません。

 一方、信用買いは証券会社にとっては今や大きな収益源です。というのは、お金を貸し出す時の金利で儲かるのと、投資家が信用買いをしてくれることでの株式売買手数料の二度儲かるおいしい取引なのです。したがって、これはやめたくないでしょう。

 では、どういう解決策があるか。大きく2つあると思います。ひとつは上場時の流動株を増やすことです。もう1つは大株主から株を借りてきて証券会社が信用売りにも対応できる体制を整えること。

 まず前者ですが、新興企業では資金調達ニーズがあまりないのに上場をする企業が多く存在します。資金調達ニーズがないのであれば、上場時に売り出す株式数も少なくてすみます。また理論的には企業が成長する限りは上場時の株価はその後のどの株価よりも低いわけですので、企業、株主にしてみると上場時に売り出すよりはもっと後で売った方が入ってくる現金の量は多くなります。

 したがって、上場時の売り出し株数が少ないケースが多いのですが、株数が少ないと当然証券会社で信用売りに対応できません。証券会社が信用売りに対応できるぐらいの分量を上場時から流動株数として会社が売り出すこと、というようなルール決めが必要になってくると思われます。

 後者の大株主から株式を借りる点に関しては、経営者がわざわざ空売りをさせてあげるための株式を貸し出すというのは抵抗があるでしょう。なぜなら空売りは株価下落要因であり、上場後しばらくは自社の株価はとにかく下がって欲しくはないと思う経営者は多いでしょうから、市場健全化のためという大儀面分のために、わざわざお人好しに空売り用の株を貸すというのは現実的ではないでしょう。

 また、経営者の持分の貸し出しは、いろいろな憶測を呼びかねません。機関投資家であれば貸し株の制度はよく知っていますが、新興企業のIPO株を購入する多くは個人投資家、特に経験の浅い投資家もたくさんいます。ので、大株主から株式を借りて証券会社が信用売り体制を整えるというのは、今の市場の成熟度からいくとまだまだ時期早々かもしれません。

 となると、実質的な解決策はやはり上場時の流動株を増やすことぐらい。これは証券取引所がある程度の強制力を持って対応しないことには、企業側が好んでとる策ではないと思います。

 ロケットの上げ下げにうんざりした投資家が新興市場から離れているわけであり、この問題が解決されないことには新興市場の「復活」は来ないでしょう。たとえ復活局面が来ても、またその後のロケットの下げ局面で痛い目を見る人が続出するだけなので、犠牲者を増やさないためにはこのまま低迷し、それが常態化した方がいいのかもしれません。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)。『OL涼子の株式ダイアリー―恋もストップ高!』(共著:幻冬舎)ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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