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レコメンデーションの虚実(10)〜「テープを作ってあげるよ」から生まれるボランティア精神とリスペクトソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)

» 2007年11月19日 17時45分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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自分の好みに合ったヘビーユーザーのお勧めを得る仕組み

 そこでマッチングシステムがここで重要になってくる。多数存在するヘビーユーザーと、<わたし>の趣味をうまくマッチングさせることができれば、そのヘビーユーザーのレコメンデーションは<わたし>にとってきわめて好ましいものとなる。つまりは<わたし>のソウルメイトを見つけられるかどうかが、このマッチングシステムのカギなのだ。そしてこのマッチングシステムをWebの中で実現しようというのが、フェイバリットDBのコンセプトなのである。

 フェイバリットDBにユーザー登録すると、ショップオーナーとなってセレクトショップを作ることができる。扱う商品は書籍や音楽CD、DVD。「ショップ」という名称になっているのは、セレクトショップ内での商品紹介がAmazonアソシエイト・プログラムのアフィリエイトと連携しているからだ。つまりフェイバリットDBで自分が紹介した商品が売れれば、Amazon.co.jpからアフィリエイト料が支払われる。

 同社のビジネスの肝は、こうやって集めたセレクトショップの推薦作品リストをもとに、ユーザー同士の嗜好性をマッチングさせていくシステムだ。具体的には推薦作品リストの内容や購買履歴などから協調フィルタリングやコンテンツフィルタリングなどによってマイニングを行い、<わたし>に近い会員を見つけてきてくれる。

 「作品関連リストを生成すると、それは傑作の集積になる。とはいえそれは多くの人がお勧めしているショートヘッドと、ごく一部の日としかお勧めしていないロングテールの両極端に分かれ、前者は『定番』であり、後者は『掘り出し物』という位置づけにできる。重要なのは、この仕組みを使えば掘り出し物を見つけ出すことができるということ。例えば推薦者の属性と作品のジャンルのフィルタで切っていくと、『フランス人デザイナーがお勧めできるジャズボーカルのランキング』といったようなきわめてロングテールなレコメンデーションも可能になる」(三村氏)

 フェイバリットDBのこのシステムは、既存の協調フィルタリングレコメンデーションや評価システムとどう異なるのだろうか。

 例えばAmazonでは、マイナーなCDを購入すれば(例えば1970年代のオランダのプログレッシブロックとか、そういう分野だ)、同じように70年代のオランダプログレを購入している人の他の購入商品が「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と表示される。しかしこのシステムでは購買履歴をもとにしているだけで、その商品に対して購入者が「満足しているかどうか」は考慮されていない。ひょっとしたらその商品を購入した人は「しまった、ジャケ買いしたけど失敗したぜ」と思っていたのかもしれないのだ。

推薦作品リストから好みの“上澄み”を取り出す

 「満足度を知るためには、その人の好みの『上澄み』をとりだしてもらわなければならい」と仁科氏は話す。そこでユーザー登録すると、最初にセレクトショップ(推薦作品リスト)を作るという作業が必要になるわけだ。これによってその人の好みを抽出し、好みのマイニングの基礎データとすることができる。

 購買履歴からだけではなく、ユーザーに評価させて好みを抽出させようというシステムは、ほかにも存在している。例えばアメリカのYahoo!が動画サービスで行っているレイティングシステムがそうで、ユーザー登録すると最初に過去に観た映画の数々を、5段階で評価することが求められる。そうやって<わたし>の好みを抽出することで、<わたし>が観るべき映画をレコメンドしてくれるというシステムだ。

 だがこのシステムの場合、Yahoo!側が提示する映画タイトルはどうしてもメジャーなものに偏ってしまう。1960年代に足立正生が撮った映画とか、そういう超マイナーなものは決して提示されない。そうなると評価の対象はショートヘッドに偏ってしまい、ロングテールがすくい上げられないという問題が生じてしまう。

 これに対してフェイバリットDBのアプローチであれば、ユーザー側がロングテールに偏った推薦作品リストを作成することも可能だから、足立正生の映画や70年代のオランダプログレをレコメンドすることも十分に可能になる。

ユーザーが直面するハードルとそれを越えさせる工夫

 こうやって書いてみると、フェイバリットDBはレコメンデーションシステムとしてはきわめて良く考えられている。しかし実ビジネスとして展開していくことを考えると、問題がひとつ生じてくる――最初にユーザー登録してセレクトショップを作成することが、非常に面倒だという問題だ。レコメンデーションのために好みをマイニングするためにはスケールの大きさは欠かせない条件だが、しかしセレクトショップ作成というハードルがスケールを阻害してしまう。

 運営会社の側もその問題は承知しているようで、同社はいくつもの試みを進めている。ひとつは、学校や教育委員会と組んで、児童・生徒の読書ノートをフェイバリットDBの仕組みを使ってネットワーク化しようという試みだ。例えば学級で、生徒ひとりひとりに自分の読書リストをセレクトショップとして作成してもらい、学級内や学年内、学校内で公開する。その内部でマッチングを行い、生徒たちに「あなたがまだ読んでない本で面白そうなのは、こんな本です」とレコメンデーションしたり、あるいは自分と同じ好みの生徒を見つけ出して教えてくれるような仕組みになる。学校側からすれば、読書をきちんとしているかどうかをチェックするシステムとなる。

 同社はこの読書ノートシステムを年内に開発完了し、来年4月から正式スタートさせる予定で、モニター校を募集している最中だという。同社はほかにもリアル社会のさまざまな枠組みに、フェイバリットDBのマッチングシステムを連携させていこうと考えているようだ。

 ところでこのシステムには、もうひとつの問題がある。ヘビーユーザーが、自分の推薦作品リストをきちんと作ることができるかという問題だ。ヘビーユーザーになればなるほど、セレクションには思い切り迷ってしまうからである。『ハイ・フィデリティ』を再び引用して、今回の記事を終わりにしよう。主人公のロブがかわいい女性記者から取材を受けて、のぼせ上がってしまう場面だ。

 「あなたの好きなレコードのトップ・ファイブをあげてくれないかしら?」

 「なんだって?」

 「好きな曲のトップ・ファイブ。無人島に持っていくもののリストからマイナス――いくつ? 三つ?」

 「マイナス三つって?」

 「無人島に持っていくレコードって、普通、八つじゃなかったかしら? だから八つ引く三は、五、でしょう?」

 「そうだね。まあ、ひく三つじゃなくて、たす三だと思うけど」

 「だって、たしたら……まあいいわ。好きな曲のトップ・ファイブ」

 「クラブでかける用ってこと? それとも家で聞く用?」

 「ちがうの?」

 「あたりまえさ……」ダメだ、言い方がキツすぎる。ぼくはなにかが喉にひっかかったふりをし、空咳をしてからもう一度やり直す。「いや、そう、少しはね。ダンス・レコードのトップ・ファイブと、全部ふくめたトップ・ファイブとはちがうんだ。っとえば、ぼくの最高に大好きな曲にフライング・ブリトー・ブラザーズの<シン・シティ>っていうのがあるんだけど、これなんてクラブじゃかけられない。カントリー・ロックのバラードだからね。みんな家に帰っちゃうよ」

 「それでもいいの。どんなトップ・ファイブでもいいんです。じゃ、のこりは四つね?」

 「のこりは四つって、どういうこと?」

 「だってひとつは<シン・シティ>なんでしょう? だからのこりは四つ」

 「ちがうってば!」もうぼくはパニックしていないふりなどしない。「<シン・シティ>がトップ・ファイブだなんて言わなかっただろ? ただ最高に好きだって言っただけでさ! 入ったとしても六位か七位だって!」

 まさに醜態だ。だがもう止まらない。あまりに大切な瞬間。ずっと待ちつづけてきた瞬間。なのに、ぼくが頭のなかであたためつづけてきた、あのトップ・ファイブ・レコード・リストはどこに行ってしまったのだろう?(『ハイ・フィデリティ』ニック・ホーンビィ、森田義信訳、新潮文庫)

佐々木俊尚氏のプロフィール

ジャーナリスト。主な著書に『フラット革命』(講談社)『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)『次世代ウェブ グーグルの次のモデル』(光文社新書)など。インターネットビジネスの将来可能性を検討した『ネット未来地図 ポスト・グーグル次代 20の論点』(文春新書)を10月19日に上梓した。連絡先はhttp://www.pressa.jp/


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