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iPS細胞は再生治療の切り札となるか?(その1) 幹細胞って何?科学なニュースとニュースの科学

» 2008年01月25日 15時00分 公開
[堺三保,ITmedia]

 昨年11月、京大・再生医科学研究所の山中伸弥教授らが、人間の皮膚細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作ることに成功したことが報じられ、大きな話題となった。

 12月には、山中教授のチームは、今度はマウスを使って、皮膚からだけではなく、肝臓や胃の粘膜の細胞からもiPS細胞を作ることに成功、これまた大きな話題となった(それまで、iPS細胞は皮膚や骨髄系の細胞からしか作られていなかった)。

 また、同じく12月、山中教授のチームは「がん関連遺伝子」なしでiPS細胞を作ることにも、マウスを使う実験を成功させた(それまでは、「がん関連遺伝子」を用いていた)。

 一方、マサチューセッツ工科大学などの研究チームは、やはり12月、iPS細胞と遺伝子組み換え技術を使って、マウスの貧血症状を改善することに成功した。iPS細胞による再生治療の実験例として、これまた注目を集めている。

 というわけで、昨年末になって、多能性幹細胞の研究に関する大きな飛躍が相次いで発表され、2005年のヒト胚性幹細胞捏造事件以来、頓挫していたかに見えた幹細胞による再生医療の研究が、再び世界的な脚光を浴びているのだ。

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 とはいえ、いろんなニュースが立て続けに出ちゃったので、こんがらがってる人もいるかもしれない。

 ここでは、一番基本的な「幹細胞って何?」というところから、話をしていきたいと思う。

 なんせ、一口に「幹細胞」と言っても、「胚性幹細胞(ES細胞)」、「体性幹細胞(成体幹細胞もしくは組織幹細胞ともいう)」、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とあるんだから。

 一言で言ってしまえば、「幹細胞」というのは、生物の身体を形作っているいろんな細胞の元になる細胞のこと。

 例えば、人間の身体で言うと、脳とか、胃とか腸とか、筋肉とか、身体の中にはいろんな組織があるでしょ。それぞれの組織は、違う種類の細胞でできてるわけだけど、幹細胞というのはそういったいろんな細胞の元になる細胞のこと。この細胞は、例えば「筋肉細胞になれ」という指示を受けると、筋肉細胞に変化する。これを「分化」という。たいていの場合は、細胞分裂によって2つにわかれるとき、片一方が新しい種類の細胞に分化し、もう片方は元の幹細胞のまま残る。

 生き物の身体というのは、もともとは1個の受精卵が細胞分裂をしていってできあがるものだけど、幹細胞というのは、その過程でいろんな体組織が生まれ、成長していくため、さらには成長後の身体組織の維持のため、どんどん細胞を供給するという、まさに生命活動の鍵となる細胞なのだ。

 中でも、受精卵から作られる胚性幹細胞(ES細胞)は、あらゆる種類の細胞に分化することができる。これを「全能性」と呼び、この性質からES細胞を「万能細胞」と呼ぶこともある。

 一方、体性幹細胞は、成長後の体内の各組織に存在する幹細胞のことで、いろんな種類があり、たいていの場合は分化することのできる細胞の種類が限られている。例えば、造血幹細胞は血球を作り出すし、神経幹細胞は神経細胞のもととなる。

 これらの幹細胞は、再生医療と呼ばれる新たな医療分野の切り札として、大きな注目を集めている。

 従来の臓器移植や骨髄移植といった移植治療では、人工臓器や他人の身体の組織を使うことによって、免疫的な拒絶反応を起こしてしまうという大きな問題があり、適合する臓器を見つけるのに時間と労力を必要としていた。だが、患者の肉体から取り出した体性幹細胞から増殖させた臓器を使えば、そのような心配をする必要がなくなる。

 一方で、胚性幹細胞を用いれば、理論上はありとあらゆる種類の組織を無限に作り出せる。拒絶反応の問題さえクリアできれば、体性幹細胞よりもはるかに応用範囲の広い「人体の素材」となり得るのだ。

 さらに言えば、臓器移植だけではなく、遺伝子操作を行って健康な遺伝子情報を持った幹細胞を作り、それを移植することが出来れば、治療が困難だった遺伝的・先天的な病気(例えば1型糖尿病など)も治療できる可能性がある。

 そんなわけで、幹細胞の製造や培養の研究に期待が持たれているわけだけど、胚性幹細胞の研究には、1つ大きな倫理的問題点がある。

 それは、受精卵か、それよりも発生が進んだ初期胚が必要となることだ。受精卵以降をすでに生命と見なして、堕胎に反対の立場を取っている人々からすれば、受精卵を利用した胚性幹細胞の研究は、殺人にも等しい行為だと受け止められているのだ。

 特にアメリカでは、この点が問題とされ、大きな議論となっている。

 この問題を一気に解決してくれそうなのが、人工多能性幹細胞(iPS細胞)なんだけど、このへんで紙数が尽きた。以下、次回に続くんでよろしく。

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堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。最近の仕事では、『ダイ・ハード4.0』(翻訳:扶桑社)がある。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」


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