ITmedia NEWS > 科学・テクノロジー >

この本読んだ? 2007年注目の科学ノンフィクション(後編)科学なニュースとニュースの科学

» 2007年12月21日 12時20分 公開
[堺三保,ITmedia]

 さて、今回も前回(この本読んだ? 2007年注目の科学ノンフィクション(前編))に引き続き、今年筆者が読んだ科学ノンフィクションの中から気になったものを紹介していきたい。

 今回取り上げるのは以下の7冊だ。

【意識と知能】

『赤を見る』ニコラス・ハンフリー/紀伊國屋書店

『アナログ・ブレイン』マイケル・モーガン/新曜社

『言葉を使うサル』ロビンズ・バーリング/青土社

『本能はどこまで本能か』マーク・S・ブランバーグ/早川書房

『ポスト・ヒューマン誕生』レイ・カーツワイル/NHK出版


【その他】

『神は妄想である』リチャード・ドーキンス/早川書房

『陰謀論の罠』奥菜秀次/光文社


【意識と知能】

イラスト

 人の意識とはいったい何なのか。人間はどうやってものを考えているのか。自由意志は存在するのか、それとも、生まれたときにその人の性格や才能はもう決まっているのか。等々、人間は自分のことについて、まだまだ分からないことがたくさんある。

 脳や遺伝子の研究が進むにつれ、この何十年かで分かったことはたくさんあるが、それ以上に分からないことは、それこそ山ほどある。だからこそ、このジャンルの研究は常に難解で、おもしろい。

 『赤を見る』は、人間の意識とは何かについて、単純なようでいて複雑な、そして哲学的でもある命題「赤い色を見る」という行為をもとに考察をすすめた本。意識について考えるということが、いかなる意味を持ち、どのような課題をクリアしないといけないのかを、コンパクトに紹介している。

 『アナログ・ブレイン』は、やはり視覚を導入としながらも、脳の具体的な機能や構造について、現在分かっていることをまとめているところが『赤を見る』と違うところ。

 脳をアナログ・コンピュータだと例えてみせ、その機能を紹介しつつも、意識がどのように生成されているかについては説いていないのだ。

 『言葉を使うサル』は、人間が言語をどう獲得し、進化させてきたかについての、最新の知識をまとめたもの。言語能力に関しては、高名な言語学者ノーム・チョムスキーが、人間は生まれながら遺伝的に頭の中に「普遍文法」を持っているという説を唱えたことが有名で、最近ではその影響を受けたスティーブン・ピンカーが、言語能力は突然変異によって発生したという説を唱えているが、本書はそれらを頭から否定しているところがおもしろい。

 上記のピンカーは、ヒトの心理メカニズムの多くは進化論で言うところの「適応」で説明がつくとする「進化心理学者」の1人だが、それではピンカーらの言うとおり、人間も含めたあらゆる動物たちの行動は、遺伝子に書き込まれた情報に支配されているのだろうか?

 『本能はどこまで本能か』は、上記のような進化心理学者の学説を「極端な生得論」として反発し、人も動物も、その性格や行動を決めるのは、生まれ持った性格と、育った環境によって育まれた性格の、双方の影響によるのだと、さまざまな実例を示しつつ声高に主張した本。

 すでに日本でも翻訳されているピンカーの著作と比較しながら読むのもいいだろう。

 さて、ここまで人の意識や脳の構造についての本を紹介してきたが、いずれの本も、分かっていること以上にまだまだ不明なことが多いことをきちんと書いている。

 だが、『ポスト・ヒューマン誕生』は、そんなことはおかまいなしに、今の速度で科学技術が進歩していけば、近い将来、コンピュータが知性を持ち、人類が生物としての限界を超える(この現象を、この本の著者や最近のSF作家たちは「シンギュラリティ(Singularity)に到達する」と呼んでいる)日が来るだろうと説いている。

 

 そりゃ筆者だってSFファンの端くれだからクラークの第1法則「著名ではあるが老いた科学者が、あることについて可能であると言ったとき、それは恐らく正しい。しかし、あることについて不可能であると言ったとき、それはまず間違いである」くらいは知ってますよ。

 でもなあ。この本の主張は、根拠があまりにも薄弱すぎるし楽観的すぎる気がするんだよなあ。

 前記の4冊と合わせて読めば、筆者がなんで「シンギュラリティ」ってものを、眉唾だと思ってあんまり信じてないか、分かってもらえるはず。

【その他】

 『神は妄想である』は、『利己的な遺伝子』のドーキンスが熱を込めて主張する脱宗教宣言の書。前にもこのコラム(科学と宗教は折り合えないのか? 〜創造説博物館が設立?!)でちょっと書いたとおり、気持ちはすごくよく分かるけど、信仰というのは最初から理詰めを放棄したところにあるわけで、それを理詰めで攻撃してもあまり効果はあがらないような気がする。

 とはいえ、ドーキンスが何に怒り、どれだけ真摯に理詰めで説得しようと試みているか、読み解く楽しみは抜群に大きい。

 『陰謀論の罠』は厳密には科学書ではない。「9.11同時多発テロはアメリカの陰謀である」という笑止千万な陰謀論を、徹底検証して反論を試みると同時に、このような「陰謀論」が繰り返し現れる背景を、いくつもの歴史的事例を絡めて紹介した本。

 いわゆる「トンデモ科学者」と「陰謀論者」は、主張の種類が違うだけで、その言動や思考のパターンはまったくといっていいほど似通っている。そこに欠けているのは、健全な科学的かつ論理的思考法であり、満ちあふれているのは、過剰な正義感や使命感だ。

 本書は、そうした「論理の迷路」にはまりこまないための反面教師として、うってつけのテキストだろう。

 というわけで、2回にわたって12冊の本を紹介してきた。皆さんの読書の参考になれば幸いだ。寒くて長い冬の夜のお供にどうぞ。

※前半の5冊は「この本読んだ? 2007年注目の科学ノンフィクション(前編)」で紹介しています。

関連キーワード

| 遺伝子


堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。最近の仕事では、『ダイ・ハード4.0』(翻訳:扶桑社)がある。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.