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コラム
» 2008年05月23日 13時45分 公開

科学なニュースとニュースの科学:動物園や水族館の新しいかたちって?

いま日本の動物園や水族館などでは、飼育動物に少しでも豊かな環境を提供しようという考え方に基づいて作られた施設が増えています。今回はこの「環境エンリッチメント」について取り上げます。

[堺三保,ITmedia]

 去る5月3日、動物園と水族館の新施設に関する記事が相次いで新聞に載った。

 東京都日野市にある多摩動物公園では、新施設「アジアの沼地」が完成、一般公開された。

 また、福井県坂井市三国町にある越前松島水族館では、フンボルトペンギンの24羽の展示用に、本来の生息環境に似せた展示施設を新設した。

 多摩動物公園の「アジアの沼地」ゾーンは、実際の生活環境に近い状態に作り上げた広さ2ヘクタールの空間に、アジアの水辺に生息する動物たちを住まわせているもので、インドサイ、水牛といった大型動物や、コウノトリなど水辺の鳥を見ることができる。

 越前松島水族館では、それまでのコンクリート製のプールを廃し、下に土を敷き、ウレタン製のサボテンを植えて、南国ムードあふれる施設「ペンギンランド」を作り上げた。ペンギンというと氷の上に住んでいるようなイメージが一般的だが、フンボルトペンギンは実際にはチリやペルーといった南米の海岸部が生息地であり、このような施設のほうが実際の生息環境に近い。

 このように、動物たちの飼育環境を工夫してやろうという動物園や水族館が、近年、日本でも増えてきている。これらが、いわゆる「サファリパーク」のようなものと意味合いが違うのは、放し飼いにすることや、本来の生息環境を完全に再現することが最重要課題ではないというところにある。ましてや、利用客たちにとって、動物たちを見やすくするためでもない。

 本来の生息環境に近づけるのは、あくまでも、飼育している動物にとっての「住みよい」環境を提供してあげるためなのだ。だから、一見、人工的に見えるような施設でも、それが動物たちにとってより過ごしやすい環境であれば、それでOKなのだ。

 こういう飼育方策を「環境エンリッチメント」と言う。

イラスト

 従来、動物園や水族館といった飼育環境は、動物たちにとって狭くて単調な空間であることが多かった。そんな、退屈で変化の少ない中で生活することは、動物に対して大きなストレスをかけることにつながりかねない。

 そこで、飼育環境にさまざまな工夫を凝らして、動物たちに少しでも豊かな生活を提供しようというのが「環境エンリッチメント」なのだ。

 だから、今回取り上げたニュースのような一目で分かるような環境の変化だけではなく、例えば、一度にたくさん餌を与えるのではなく、何回にも分けて給餌したり、給餌方法に変化を加えたりすることで、野生の動物と同じ食習慣に戻し、退屈せずに一日を過ごせるようにしてやるというような、見た目ではわかりにくいことも含めて、「環境エンリッチメント」なのだ。

 この他にも、日本での本格的な環境エンリッチメントとして話題になっているものには、樹上で暮らすオランウータンのためのタワー(北海道旭川市・旭山動物園)や、タイ国立公園風に作られたゾウ舎(大阪市・天王寺動物園)などがある。

 中でも旭山動物園はそれ以外にもさまざまな取り組みを続けており、その事例が書籍化されたうえ、先年テレビドラマ化もされたので、知っておられる方も多いのではないだろうか。

 おもしろいのは、環境エンリッチメント的な飼育環境の変更によって、動物たちの生き生きとした生活を園内に再現できると、見に来たお客さんにとってもそれが楽しいものとなり、結果的に人気を博することも多いということだろう。

 旭山動物園の事例では、飼育方法を変えることによって、入園者が増え、園の経営が好転している。この場合は、飼育する側にとっても、される側にとっても、良いことずくめだったと言えるだろう。

 もちろん、どれだけがんばって環境エンリッチメントに取り組んだとしても、動物園や水族館は、動物たちを自然な環境から切り離し、人間の手で飼育していることには変わりはない。だから、過激な環境保護論者は、環境エンリッチメントがどれだけ進もうと関係なく、動物園や水族館の存在自体に反対していたりもする。

 筆者としては、そういった主張にも一理はあるように思うが、だからといって賛成する気にはなれない。動物園や水族館は、自分たちが日頃接する機会の少ない生き物たちと、生で接することができる貴重な場所だからだ。

 環境エンリッチメントという概念が浸透することによって、この10年で日本の動物園や水族館はずいぶん変わってきている。昔行ったことはあるけど最近ごぶさたの人や、今まであまり行ったことのない人には、ぜひ、最近の様子を見に行くことをお勧めする。

 なお、環境エンリッチメントについて、もっと詳しく知りたい人には、川端裕人氏の著作『動物園にできること』『緑のマンハッタン』を推薦しておきたい。

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堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。最近の仕事では、『ダイ・ハード4.0』(翻訳:扶桑社)がある。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ブログは堺三保の「人生は四十一から」


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