クレド感動のイルカ(1/2 ページ)

「あきらめない」「ピンチは成長のチャンス」「夢を語り続ける」――秋田に教えてもらった3つの心得だったが、経営者仲間に言っても信じてくれない。自信をなくす浩であった。

» 2010年04月12日 16時44分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

前回までのあらすじ

 ビジネス小説「奇跡の無名人」シリーズ第3弾「感動のイルカ」は、アクティブトランスポートの代表取締役CEOである猪股浩行さんの実話に基づく物語である。

 詐欺に遭って会社をリストラされた主人公の猪狩浩(いかり・ひろし)。独立して立ち上げた引っ越し屋だったが、なかなか経営が上手くいかない。悩んだ浩は経営を学ぼうと、コンサルタントの秋田に話を聞く。そこで3つの心得を知るのであった――。


 あきらめない。

 ピンチは成長のチャンス。

 夢を語り続ける。

 秋田に教わった経営者にとってもっとも大切な3つの心得を、浩は色紙に書いてもらい、額に入れて社長室の壁にかけた。

 その額を、先日の秋田との語らいを懐かしく思い出しながら、浩は眺めていた。

 最初の2つ、「あきらめない」と「ピンチは成長のチャンス」は自分自身の心得であるし、そうやって見本を示せば、社員たちにも浸透していくというイメージがあった。

 3つめの「夢を語り続ける」ことに関しては、姿勢としては分かるが、肝心な「夢」をどうやって表現したらよいのかが浩にはイメージできなかった。それを秋田に聞いたところ、「クレドを作ったらどうや?」という答えが返ってきた。

 クレドとはラテン語で信条の意味だ。経営哲学や行動指針と訳されることが多い。

 日本には古くから社訓・社是という言葉がある。それと基本的には変わらないが、ザ・リッツ・カールトンがカードサイズのクレドを携帯するという習慣を作ってから、経営哲学や行動指針を簡潔にまとめてカード大の紙に印刷したものをクレドと呼ぶことが多くなった。

 クレドの草案を浩は考えているのだった。

 まずは、企業の原点を示すスローガンが必要だと思った。これはすんなり出てきた。

  • そこまでやるか! の驚きが、私たちの誇りです

 お客に喜んでもらいたい。そういう思いで始めた引っ越し業だった。続けて、ミッションもすぐに出てきた。

  • お客様に新しい生活のスタートを気持ちよく迎えていただくために、最高のサービスを提供します

 さらに行動指針も作ろうかと30分ぐらい頭を悩ませたが、これは幹部全員で話し合ったほうがいいだろうと思い、いったんやめることにした。

 ちょうど事務の社員がお茶を持ってきてくれたので、専務の山口始を呼んできてくれるように頼んだ。

 「社長。ご用ですか?」

 「うん。これを見てくれ」

 始は、いぶかしげに浩の書いたメモ書きを手に取った。

 「うーん、これはいいですね! 原点に戻った感じがする」

 「ああ。変なコンサルタントとか雇って心配かけた。オレは原点に返るよ。もうぶれない」

 始は、心の底からホッとしたという感じだった。

 「これから行動指針を作ろうと思うんだ。山口も協力してくれるか?」

 「もちろんです」

 「食い逃げコンサル」浅田の件以来、浩と他の社員との間には、小さなわだかまりが残っていたが、元の一枚岩に戻り始めた瞬間だった。

 地域の経営者の集まりがあった。安くもない会費を払って、ただ飲んでいるだけの集まりだった。愚痴や不満を言う経営者が多く、浩はあまり好きではなかったが、付き合いも大切だと思い、ほぼ皆勤で参加していた。

 彼らにも秋田の話を聞かせよう。それから自社で作ったクレドも見てもらおう。今回は、そう思って参加した。

 酒席はすでに盛り上がっている。浩は、愚痴や不平をあまり言わない山城という社長に話しかけることにした。

 「山城さん、この前、秋田先生という有名なコンサルタントに教えてもらう機会があったんですよ」

 「ふーん、そうなの。儲かる方法を教えてもらったの?」

 「まあ最終的には儲かると思うのですが、もっと本質的なことを教えてもらいました」

 「本質じゃあ、食えねえなあ」

 「そう言わず、聞いてくださいよ」浩は、半分ダメかなあと思いつつ続けた。

 「経営者に大切な3つのことって何だと思います?」

 「3つなら、人・モノ・金だろう。でも、最近は情報も必要なんだぜ。特に市役所の連中に飲ませて、聞き出すような類(たぐい)のやつがな」

 「いやいや、そういう話じゃなくて」

 「じゃあ、何だってんだい?」

 「あきらめない。ピンチは成長のチャンス。あと、夢を語り続ける、この3つです」

 「なんだ、そりゃあ? ダメだ、ダメだ、猪狩さん。精神論だけ語って高い金を取るコンサルにひっかかったんじゃないか? そんな腹の足しにならないこといくらやってもムダムダ」

 「いや……、というより……」

 「例えば、あんたんとこの翔太君が、オレはミュージシャンになるのが夢だ、なんて言い出して、せっかく通わせてやってる大学を辞めて、売れない曲を作り始めたりしたら、『夢』だからって尊重するのかい?」

 浩は一瞬言葉に詰まった。あまりに予想外な切り替えしだったからだ。そこに山城は畳み掛けてきた。

 「『秋田』というよりも、そういう話は、もう聞き『飽きた』だなあ。猪狩さん、もっと地に足をつけた経営をやらないとダメだぜ」

 「はあ」

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ