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» 2016年04月19日 08時00分 公開

スピン経済の歩き方:災害取材を行うマスコミが、現地で非常識な行動をとる理由 (4/5)

[窪田順生,ITmedia]

「伝えるべき価値」が値崩れ

 ただ、個人的には新聞が一面をつかって報じることは、もっと他にあるのではないかという気もしている。

 例えば「支援」だ。先ほど引用した田村さんのSNSでは、福岡市が公開している熊本への救援物資の送り方などを取り上げ、「拡散」している。熊本出身のタレントのスザンヌさんも自身が被災している中で、ブログを被災者や支援者の情報交換の場に明け渡している。もしこれを『読売』の一面でやったら――。見出しをつけた人には悪いが、「暴れる大地に涙」よりよほど被災者のためになるメッセージではないか。

 さらに言えば、こういう「被害」を伝えることにこそ「価値」があるという報道スタンスは後々深刻な事態を招く。自然災害は徐々に「被害」は回復される。もちろん、悲しみは癒えないし、傷跡も残る。しかし、マスコミが飛びつく「分かりやすく派手な被害」は徐々に消えていく。

 それは言い換えれば、マスコミにとっての「伝えるべき価値」が下落するということだ。「被害」こそが新聞の一面を飾るような価値があるという考えなのだから、「被害の回復」はそれよりも価値が下がってしまうのは当然だろう。東日本大震災のとき、あれほど被災地に押しかけたマスコミが、「復興」という兆しが見えた途端、パタリとやって来なくなったのはこれが理由である。

 このような「被害押し」の報道姿勢は、今話題となっている「行き過ぎた自粛ムード」とも決して無関係ではない。

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