災害取材を行うマスコミが、現地で非常識な行動をとる理由スピン経済の歩き方(5/5 ページ)

» 2016年04月19日 08時00分 公開
[窪田順生ITmedia]
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「災害報道」と「自粛」のあり方

  「分かりやすく派手な被害」を強調され、連日のように繰り返し報じられれば、誰でも馬鹿騒ぎを悪いと考え身を慎む。尾木ママが言うような、「人間らしい共感能力」ということもあるかもしれないが、「罪悪感」という部分も大きいと思っている。テレビや新聞が「甚大な被害」を強調すればするほど、人々は「気の毒に」と心を痛める一方で、自分たちの恵まれた境遇に胸をなでおろす。その「罪悪感」が「自粛」の空気を生む。

 「自粛」という言葉の意味をひけば、「自分から進んで、行いや態度を改めて、慎むこと」とある。素直に読めば、「他者への慈しみや気遣い」より、あくまで「自分のため」のような印象を受ける。

 果たしてこの「慎み」はいったい誰のためのものか。我々が自粛をすることで、本当に被災者のみなさんは喜んでいるのか。

 日本はどこでも自然災害が起こり得る。これから被災をするであろうすべての人のため、「災害報道」と「自粛」のあり方を、真剣に議論すべきときがきているのかもしれない。

窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。


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