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豊田章男社長がレースは「人を鍛える」という真意池田直渡「週刊モータージャーナル」【番外編】(1/3 ページ)

» 2018年07月11日 06時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 自動車メーカーがレース活動を行うことを一体どう考えるだろうか? 結局のところ道楽ではないか? あるいは、せいぜい広告宣伝。恐らく多くの人はそう思っているはずである。

 ところが、トヨタ自動車の場合、これが深謀遠慮に富んだ「働き方改革」の推進システムなのだ。その並外れたユニークな手法をこれから明らかにしていきたい。

 ひとまずこの記事の前段で(関連記事)、働き方改革とはすなわち「付加価値を高めて企業の利益率を上げ、それを正しく再配分することであり、労働者が高いモチベーションを持って幸せな人生を送れるシステム作り」であることを説明した。そこにレース活動をどのように当てはめるのだろうか?

2018年ニュルブルクリンク24時間レース。クルマづくりも運営もオールトヨタから集められた社員たちによって行われる 2018年ニュルブルクリンク24時間レース。クルマづくりも運営もオールトヨタから集められた社員たちによって行われる

レース速度に追いつかない開発

 豊田章男社長はレースによって「人を鍛え、クルマを鍛える」と言う。うっかりと聞き逃してしまいそうなこの言葉を、トヨタは驚くべき緻密なやり方でリアルにビジネスの付加価値向上につなげている。

 自動車メーカーが付加価値を高める方法はいろいろあるが、やはりその中核になるのは、より高度な技術を短時間に開発することだ。しかし大組織になるとこれがそう簡単には進まない。膨大な部署間のすり合わせが必要となり、その伝達調整で速度が落ちるだけでなく、トレードオフ関係にある問題が次々に指摘され、その整合を取っていくうちに、元々の主題となっている情報そのものが薄まってしまう。

 自動車メーカーの開発部門は乱暴に言うと「先行開発」と「車両開発」がある。厳密には生産技術なども含め開発部門はたくさんあるのだが、ひとまずここでは多くの人がイメージする2部門に絞ってしまいたい。

 ここでいう先行開発とは、言ってみれば基礎研究的な部門であり、例えば「次のプリウスに搭載する」というような具体的なプランを持たないのが普通である。もちろん技術そのものの素養として、例えば「ハイブリッドシステムの軽量化に寄与する」技術であれば、当然プリウスに搭載されるであろうことは分かっているが、あくまでも技術が起点の開発であり、原則的には具体的な商品の発売には直結しない。対して「車両開発」は発売スケジュールが組まれた新型車の開発であり、搭載される技術はそのクルマのために開発される。クルマが起点の開発である。

 ここに構造的に大きな問題がある。車両開発には当然製品の発売タイミングがあるので、スケジュールを順守するスピードが求められるが、先行開発はそうではない。むしろ研究者としてのんびりと基礎技術を開発していることが多い。しかも、そうして開発された新技術は、車両開発部門に見初めてもらえなければ日の目を見ない。つまり先行開発部門には、開発速度向上の余地があり、かつ有用な技術が人知れず埋もれている可能性がある。

 さらに問題なのは、その技術が抜本的で革新的なものであればあるほど、新型車発売後のマイナーチェンジでは搭載しにくい。次回フルモデルチェンジまで投入できないとすれば「もう少し早ければ」で引き起こされる結果が、導入を4年も遅らせる結果になる。自動車メーカーの付加価値の源泉である技術がこういう状態になっていることは大変もったいない話だ。

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