このような「暴力=愛のムチ」信仰のすさまじさを、体罰華やかなりし60年代からスポーツの第一線で活躍してきた塚原夫妻が知らぬわけがない。にもかかわらず、なぜ彼らは、女子選手に対して「あのコーチはダメ」「関係を切らないとまずいことになる」などと最悪の口説き方をしたのか。
もし本当に自分の体操クラブに迎え入れようという狙いがあったのなら、もうちょっと言葉巧みに説得しても良さそうだが、まるで不良と付き合っている娘に「あんな男と別れなさい」と頭ごなしに説教するノリとなっているのだ。
理由は明確で「がんばって説得をすれば、きっと分かってくれる」「コーチと別れるのはつらいかもしれないけど、きっとあなたなら乗り越えられる」というスポ根的思想に、塚原夫妻がとらわれてしまっているからだ。
このようながんばり至上主義に基づく「説得」が日常的に行われているのが、ブラック企業だ。
「もう働けません」と過重労働や人間関係で苦しんでいると訴える社員を、頑張り至上主義に毒された上司は「そういう考え方だからダメなんだ」「今がんばらないとあとで後悔する」などと執拗に説得に走る。
今回の女子選手もそうだが、「前に進みたくない」という人に対して、「いいからとにかく前に進め。辛くてもきっと乗り越えられる」ととにかく「がんばり」を強要するのだ。もちろん、これが彼らにとって「パワハラ」であることは言うまでもない。
(C)の「反論をすればするほど、被害者を傷つける『パワハラ』になっている」ことにも当然、スポ根的思想が影響をしている。
スポーツの世界では、「自分を正しいと信じる」ことが何よりも大切であることに異論を挟む人はいないだろう。自分はどこか間違っているかもと迷いながらトレーニングをしても結果は出ないし、あっちが正しいかもと思いながら戦っても勝利はつかめない。
塚原夫妻も自分を信じたから、あのような素晴らしい実績を積み重ねることができた。谷岡氏も日本レスリングを発展させるため、自分の信じる道をつき進んできた。
このような「自分を正しいと信じる力」が強ければ強いほど、他人から批判されると脊髄反射で「うそつきはあっちだ」と反撃に出てしまうというのは容易に想像できよう。
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