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「生産性を上げても賃金は上がらない?」 伊藤元重学習院大学教授に聞く“日本経済の処方箋”人手不足の陰で大量に発生する「人余り」(4/5 ページ)

» 2018年09月18日 08時00分 公開
[中西享ITmedia]

生産性の低い企業から高い企業へ 「雇用流動化」は不可避

――雇用の流動性を増やすために何をすべきか。労働市場の中で、生産性の低い分野から高い分野へ流動化をさせるのは今の日本社会では難しいようにも思われるが。

 労働市場は経済の中で最も動きが遅い。まず一義的に求められるのは、同じ産業の中でも生産性の低い企業やビジネスモデルから、高い企業へと労働力を移動させることだ。例えば流通業を見ればユニクロやセブン-イレブンは生産性が高い。一方で非常に生産性の低い企業もあり、一部では大手スーパーが売りに出されるなど、同じ産業内でも動きが出ている。

 日本の農業を見ても同じことがいえる。年収1000万円以上稼ぐような、農業人口のわずか7%の「プロ農家」が、生産性の高い効率的な農業によって、全体の6割を生産しているのだ。一方で残りの4割を、93%の高齢化した兼業農家などが非効率的なやり方で生産している。日本の農業の生産性は低いものの、この状態があと5〜10年続けば、プロ農家の事業を拡大することによって生産性を上げられるかもしれない。

 こうした同じ産業内での流動化が進んだ後で、産業をまたぐような労働移動も必要になってくるだろう。幸い労働市場には若者も入ってくるので転換は可能だと考えている。

――最近、「中小企業の事業承継」が問題となり、廃業する企業も多くなっているが、やはり競争力の高い企業が低い企業に取って代わるべきなのか。

 確かに廃業する中小企業が増えているので、並行してM&A(合併・買収)も活発だ。良い会社を営んでいても、「経営者が75歳、後継者はいない」というような企業は多くある。でも本当に良い企業であれば買う企業が出てくるものだ。こういう企業については残すべきだろうと思う。

 ただ、中小企業にかかわらずベンチャー企業の本質は、あまりいい言葉ではないが、「多産多死」であるともいえる。こう考えると日本における中小企業の最大の問題は、新しい企業が生まれにくい点だ。

――確かになかなか新しい企業を創るという動きは出ていないように思われる。

 学生の就職に対する考え方には変化もみられる。前に勤めていた東京大学経済学部の学生は保守的で、商社や銀行、役所などの大企業志向が強かったものの、これが変わってきた。大組織でべったり働くのを好ましく思っていないようで、卒業した後、どこかに勤務し、何かチャンスがあれば打って出るというベンチャー志向の人も増えた。現に私の教え子からも日本最大級のスポットコンサルサイト「ビザスク」を起業した端羽英子社長など、10人近く事業を興した学生が出ている。

 説得力のある起業のビジネスモデルを使うことによって2億円ぐらいの資金を調達できるケースが多い。そうすると10人の従業員を雇い、赤字を続けたとしても数年はやっていける。その間に利益が出せるようになれば良い。そういう意味では少し環境は変わってきた。

phot ゴールドマン・サックス証券出身の「シングルマザー起業家」端羽英子社長など、伊藤教授の教え子にもベンチャー志向の人材が増えてきた(ビザスクWebサイトより)

――優秀な人材を長期的に確保する際に、外国人をいかにして採用するかが問題になる。

 日本と海外企業の報酬の差に課題がある。経済学の研究者の例だが、例えば米国で経済学の博士号を取得した優秀な学生を雇おうとすると、日本の大学では年収400〜500万円程度だ。しかし、米国の大学なら1500万円程度のオファーを出すだろう。給与体系にこれだけ差がある。優秀な若手人材を獲得することが難しくなっているのだ。

 この通り、優秀な人材を米国から呼ぼうとしても、給与体系が日本と米国では全く違うので、現実的にはかなり難しいのだ。企業の場合でも、優れた人材を雇用しようとすると、極端に言えば社長よりも高い給与を払うような仕組みが必要になってくる。野球などでは、球団社長や監督よりも年俸の高い選手がいるので分かりやすいが、このあたりは日本の企業社会ではなかなかやりにくいので、どう考えるのかは悩ましい。

 いまはスタープレイヤーでなくても、柔軟な待遇をしなければ人材を採用するのが厳しくなっている。昔は欧米だけだったが、今はシンガポールといった国でも柔軟に対応しているのだ。国も企業も個人も、高齢化とグローバル化が進む中で、「多変数方程式」みたいなものを解いていかなければならなくなる。

 高度なスキルのある労働者を日本に入れるのは現行制度でも可能だ。だが、今問題になっているのは介護や農業、建設などの分野であって、これらの分野は放置しておくと人が足りなくなり、外国人労働者を入れないと回らなくなる。移民の問題にまでは踏み込むことはできないかもしれないが、今政府がやろうとしているのは、初めは「ゲストワーカー」で3年から5年働いてもらい、そのあと「スキルワーカー」としてさらなる滞在を認めるというもので、いわゆる「出口」を考える議論の流れになっている。

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