「働き方改革」が叫ばれる中、安倍晋三政権の経済のかじ取りを担う経済財政諮問会議のメンバーである伊藤元重学習院大学教授に、改革を進める上での課題を聞いた。
伊藤教授は「これからは安い労働力によって収益を上げていこうとする企業は絶対に生き残れない。企業は生産性を上昇させるとともに労働者の賃金を上げて、付加価値を付ける経営を目指すべきで、ビジネスモデルを変えることが働き方を変える突破口になる。すでにヤマト運輸などのように人手を増やしたり運送料金を上げたり、大胆に動こうとしている企業も出てきている。ユニクロはこれまでパート、派遣労働者によって店舗を回していたが、正社員化も進めている」と指摘し、新しい時代に対応したビジネスモデル構築の必要性を訴えた。
政府は「時間外労働の上限規制」などを柱として働き方改革を進めてきたものの、実際に残業を減らして生産性を向上させても、多くの企業は成果の一部を社員に「残業代」として還元していない。残業時間規制が適用になると、みずほ総合研究所の試算では、雇用者1人当たりで年間87万円の賃金が減少し、雇用増加などの対策が伴わない場合、雇用者報酬は年間5.6兆円減少し、GDP(国内総生産)を0.3%押し下げるとみている。
また、日本経済団体連合会(経団連)も「2018年版経営労働政策特別委員会報告」において、「労働生産性が向上した場合、自社における総額人件費の動向も勘案しながら、何らかの形で社員の処遇改善等につなげていく方針を明らかにすることが望まれる。賞与・一時金の増額や、手当ての創設・引き上げ、基本給の水準引き上げ(ベースアップ)なども選択肢となる」と報告しているものの、政府ではこれらの視点があまり活発には議論されていない。
いかにして企業の生産性を上げ、日本経済を前に進めていけばいいのだろうか――。伊藤教授にその処方箋を聞いた。
――安倍内閣では国内総生産(GDP)は過去6年で10%〜20%増えたが、労働者の取り分である賃金、つまり労働分配率は下がっている。
「働き方改革」とわが国では呼んでいるが、日本に限らず先進国ではどこでも労働市場の改革はまさに大きなテーマとなっていて、残念なことではあるものの、マジックのように指を鳴らせば1年や2年で簡単に変わるものではない。投資や税制は政策で決められる一方、働き方改革については働いている労働者と、雇う企業、そして労働市場の構造など多くの要因が関係しているからだ。産業構造や人口構成も大きく変わり、グローバル化によって海外からも労働者を受け入れる必要性を検討するような状況にもなってきた。また技術革新によっていろいろな労働の代替も起こっている。
賃金が上がらないのは、確かに大きな問題だ。この6年間のアベノミクスによって企業業績が上がり、国内総生産(GDP)も10%〜20%増えたものの、労働者の取り分である賃金、つまり労働分配率は減ってきている。しかし経済学的にみれば、労働分配率は景気が悪くなれば上がり、景気が良くなれば下がるものなので、実は驚くべきことではない。景気の波に対して労働者全体の所得を平準化するメカニズムが働くので、これまで景気が良くなってきたために結果的に労働分配率が下がっている。しかしこれを放置しておくのは好ましくない。労働者の取り分、つまり賃金をいかに増やすかは重要な課題だ。
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