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改正入管法で浮き彫りに 日本語学校の“知られざる”役割「労働者」の前に「留学生」を(6/6 ページ)

» 2019年01月30日 06時30分 公開
[橋本愛喜ITmedia]
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日本語学校の存在意義

 日本国内での存在感の薄さや誤解、人材不足や時間外労働、外国文化との対峙など、自身も過酷な労働環境に身を置く日本語教師たちが、それでも教壇に立とうとするのは、「第一線でこの国の良さを海外に発信している」という誇りとプライドがあるからだ。むしろ、それしかない。

 「我々日本語学校の教師たちは、日本語や日本文化を通して日本という国の魅力を学んでもらうことで、自国に戻った際に日本で暮らしたことを自慢してもらう、いわゆる最高の営業マンを育てる思いで教壇に立ってきました。ところが、今回の法改正によって、日本語学校は今後、特定技能ビザに漏れた出稼ぎ外国人を育てるだけの機関に成り下がる可能性があります。改正法は、『生活はある程度保障するから、とりあえず仕事しに来てくれ』と言っているようなもの。日本語教師という視点から見ると、この法改正はアジア人留学生をただの労働力としてしか捉えていない」(長井氏)

 このままだと今後、学生ビザは、特定技能での在留資格を取得できなかった外国人の「保険的ビザ」になりかねない。本来は日本語を勉強するために来日しようとしていた外国人が、「より長く働けるなら」と、「留学」から「特定技能」に思い直すケースも続出するだろう。

 こうした「偽留学生」や「路線変更組」が増えれば、日本の本質を知るアジア系外国人の数は減少していくかもしれない。そうなると、将来自国に戻った彼らを採用する現地の日本企業などに、日本に対する深い知識を持った優秀な人材が集まらず、競合する他国企業に競り負ける可能性すらある。

 長井氏の言う通り、彼ら留学生は、一人一人が世界に広がる日本の宣伝マンであり、今後のグローバルな人材になるのだ。

 人種、宗教、歴史的背景も違う外国人が1つの教室に集い、「日本」という共通点でつながり合う日本語学校は、大げさに言えば、日本社会へはばたく「登竜門」的存在でもある。国内での教育もせず、その場しのぎで外国人労働力を増やしては、日本の本質を知らない外国人を量産することになりかねない。これは日本にとっても外国人にとっても不幸なことである。

 一度迎え入れた外国人は、日本企業および日本社会が責任を持って管理する必要があるが、現状、その体制が整っているようには全く見えない。4月1日に門戸が開かれるまでのカウントダウンは、恐らくこの先日本には2度と訪れることのない「準備期間」であることを我々は忘れてはならない。

著者プロフィール

橋本愛喜(はしもと あいき)

大阪府出身。大学卒業後、金型関連工場の2代目として職人育成や品質管理などに従事。その傍ら、非常勤の日本語教師として60カ国4000人の留学生や駐在員と交流を持つ。米国・ニューヨークに拠点を移し、某テレビ局内で報道の現場に身を置きながら、マイノリティにフィーチャーしたドキュメンタリー記事の執筆を開始。現在は日米韓を行き来し、国際文化差異から中小零細企業の労働問題、IT関連記事まで幅広く執筆中。


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