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間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか――「東証を変えた男」が考えるリーダーシップの形日本郵便の専務が語る(3/4 ページ)

» 2019年04月27日 07時00分 公開

中野: クックパッドで行ったシステム刷新も、「グローバルで戦えるようになること」「会社の規模が10倍になっても使えること」という「あるべき姿」をゴールとして設定したので実現できたのだと思います。

 時々、他社の方が「クックパッドさんのようなシステムを実現したい」と言って話を聞きに来てくれるのですが、「報われなくても、それでもやりますか?」と聞くと、皆さん、結構な確率でしょんぼりとしてしまうんです。でも、システムの統合や刷新は、それくらいの意思と覚悟を持ってやらないと、結局は古いシステムにつぎはぎを重ねていくことになり、運用コストがどんどん膨れ上がっていきます。

 加えて、こうした部分最適のやり方をしていると、「人の質」が犠牲になってしまうことも大きな問題です。現状の改善ばかりにとらわれて、新しいことにチャレンジしなくなると、人も組織も成長しませんし、ひいては会社全体のカルチャーもおかしくなってしまいます。

Photo クックパッドの情シス部長、中野仁氏

 こうした負の連鎖を、どこかで断ち切らないといけない。そうでないと、優秀な人ほどエンタープライズ系の仕事から離れて、サービス系の仕事に移っていってしまいます。そっちのほうが新しいことにチャレンジできるし、給料もいいですからね。

鈴木: どうしてもそうなってしまいますね。優秀な人たちをつなぎとめておくためには、将来に渡って「どういう役割を果たすことができて、どんなことを実現できそうなのか」をきちんと示す必要がある。そういう将来像を提示しないと、メンバーは不安になりますから。

 一方で私は社員に対して、これとは真逆のことも言っているんです。つまり、「ぜひ、社外からスカウトされるようになってくれ」と。実際に社員がスカウトされて転職することになっても、私は止めません。むしろ、スカウトされるような優秀な人材が集まっているような組織を作ることができれば本望です。

中野: 私もチームのメンバーに対して、「相見積もり大歓迎」と言っています。つまり、他社からの誘いとうちの仕事をてんびんにかけても、一向に構わないということです。

 他社で必要とされない人材は、うちの部署でも必要ありません。「評価のものさしは外部が正しい」ということです。だからメンバーには、「他社の採用面接でもイベントでも、どんどん外に行ってほしい」と言っています。実際のところ、どのメンバーに今どこから声が掛かっていて、どこの面接を受けているかということも、何となくチーム内で共有されています。

 こういう状況は、サービス系エンジニアの間ではもう当たり前になりつつあります。勉強会で他社の話を聞いて、「面白そうだから移るか!」みたいなノリでどんどん転職していく。エンタープライズ系エンジニアも、そうなって然るべきだと思っています。そして、成果を持って自らの正当な価値を勝ち取る必要がある。

 エンタープライズ系エンジニアというのは、ビジネスも技術も経営視点も求められるという、本気でやったらかなり難しい仕事だと思うのですよ。それができる人は本当に少ない。実際のころ、コーポレートエンジニアリング領域が強い会社はしっかりとした仕組み化ができていて競争力があります。そうでない会社との差がもっと鮮明になれば、本質的な改善ができるエンタープライズ系エンジニアの価値がもっと認められるのかもしれません。

鈴木: 最終的な目標としては、優秀な人がそうやって転職せずとも、「日本郵便のIT部門にいれば成長できる」と実感してもらえるような組織を作り上げたいと思っています。

 逆に言うと、「日本郵便のIT部門で働いていた人だったら欲しい!」と他社に言われるようになりたいですね。そういう評価が広がれば、自ずと優秀な人材も集まって来るでしょうし。「履歴書に書きたくなるような組織」、これが理想です。

パートナー企業との付き合い方にも大胆にメスを

鈴木: ちなみに今、最も大変なのは、日本郵便の中の社員よりも、日本郵便と取引をしている社外のIT系パートナー企業だと思いますね。これまでは、日本郵便が「何を目標に事業を展開しているか」ということを、パートナーにきちんと説明していなかったんです。そういう曖昧な状況の中で、費用対効果の悪いシステムを作っていたITベンダー(企業向けのサービスやシステムを提供する会社)やSIer(企業のIT導入支援、コンサルティングを請け負う会社)がむしろ、利益を上げているような状況でした。

 でも、今では、私たちの事業の目標をパートナーに対して明確に説明しています。そして、それを達成するためにどうすればいいかを、パートナーと一緒に考えていくという方針に変えました。その上で、実績が上がっているかどうかを、全てのパートナーに対して完全にオープンにしています。

 どのパートナーが実績を上げていて、どこが上げていないかを、全て分け隔てなく公開しているから、当然、実績がなかなか上がらないパートナーとの取引は減らさざるを得ない。しかし、これは当たり前のことをやっているに過ぎません。逆に、今まで当たり前のことをやってこなかったために、無駄が多かった、ということなんです。

中野: クックパッドのシステム刷新プロジェクトにも、多くのパートナーさんに参加していただいたのですが、やはり鈴木さんがお話ししたのと同じように、基本的に全ての情報をオープンにする方針を貫きました。そうしないと、パートナー間に壁ができてしまって、例えばシステム同士の連携やデータ連携などがスムーズに運ばなくなってしまうんですね。

 大規模プロジェクトではよく起こりがちな問題なのですが、こうした問題を避けるために、あらゆる情報、特に“良くない情報”ほど意識して「とにかく分け隔てなく」各パートナーさんに公開するようにしました。

 ちなみに先日、かつてプロジェクトに参加していただいた全てのパートナーさんに集まっていただいて、公開の場でプロジェクトを振り返るミーティングを実施しました。こうしたことができるぐらい、オープンに話ができる関係性を築き上げないと、多くのムダが発生しますし、いい意味での緊張感も生まれないんですよね。

 エンタープライズ領域は、情報の公開に対して妙に慎重になりすぎていたりするように思います。競争領域のサービス系エンジニアが技術やビジネスの情報をどんどんオープンにしてるのに、「何を遠慮してるんだ」と思いますね。失敗も含めてノウハウは公開するべきだし、移籍も含めて人材は交流すべきだと思います。同じことはコーポレート部門全体にいえることかもしれません。

鈴木: 私たちがパートナーとの関係性を見直す一環として現在進めているのが、インフラの調達です。これまでハードウェアは代理店を経由して調達していたのですが、これをやめてベンダーから直接買うことにしました。その上で、ハードウェアの保守は基本的に自社でやることにしたのです。ハードウェアの進化は目覚ましく、MTBF(平均故障間隔)もかつてと比べると飛躍的に高まっているのに、ハードウェアの保守料は一向に安くならない。「製品価格の20%で24時間保守」が当たり前になってしまって、保守コストが高止まりしていたんです。こんなおかしいことはない。

 「ならば、いっそのこと自分たちで保守してしまおう」という方針に変えました。具体的には、これまでのメーカーによる24時間保守の契約を見直して、システムの要件に応じてより簡素な保守サービスを取り入れることで、これまでハードウェアの購入価格の20%が相場だった保守コストを、5%以下まで減らせると考えています。

中野: これこそ相当、強力なリーダーシップがないとできない取り組みですね。

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