クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向
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» 2019年06月10日 07時15分 公開

池田直渡「週刊モータージャーナル」:テスラModel 3試乗 これはドライバーの理想ではなく、テスラの理想 (5/5)

[池田直渡,ITmedia]
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自動運転原理主義

 さて高速に入ってクルーズコントロールと操舵(そうだ)アシストを試してみる。クルーズコントロールはおそらく今の先端を走っている。車間距離の保ち方や割り込み車両への対応なども神経質でなく、安心して任せられる。

オートパイロットの設定画面。車間距離はハンドルのホイールスイッチで変更できる。ステアリングコラムの右にあるセレクターレバーを下に2回続けて押すと、オートパイロットがオンになる

 一方で操舵アシストは、舵角を入れるタイミングが少し遅い。ハンドルは本来切り始めに遊びがあるので、コーナーに入る前に微小に舵角を入れておきたい。実際に曲がり始めるときに、舵角ゼロからの操作ではなく舵角の増加として操作したいからだ。そうすることで、舵角ゼロの非線形域を超える時の横方向加速度の変節点を排除できるのだ。

 曲がり方のセンスが筆者と違うのが気になるので、自分で少し舵角を入れようとすると、アシストが激しく抵抗する。「嫌だ。まだ切りたくない」とばかりに直進を維持しようとする。ちょっとした綱引き状態になり、徐々に力を増やして最後は筆者が抵抗を押し切るが、そこで急に反力が減る。大根を引き抜いて尻餅をつくように、ハンドルを切りすぎる。これはちょっと嫌な感じである。

 手はハンドルに添えているだけで、操舵を完全にアシスト任せにすれば、車線の通りに曲がってくれる。つまりドライバーがこう走らせたいという、そういう余計なイメージを持たない方がうまくいく。ドライバーの理想ではなく、テスラの理想がクルマを走らせるのだ。

 これはちょっと面白い事態である。一連の振る舞いを見る限り、テスラはおそらく、本当はドライバーにハンドルを握らせたくない。「ドライバーのヒューマンエラーを排除することが事故を減らす」という理想を掲げるテスラは、本当は完全に手放しでコンピュータ任せで走ってもらいたいのだ。

 ところが法律がそれを許さない。テスラにしてみれば進歩の邪魔なのだが、法律と戦っても勝てないので、しかたなくドライバーがハンドルを握っていないと警告を出すように仕立ててあるのだと思う。これまでのテスラのアナウンスを見る限り、自動運転こそがテスラの正義であり、理想なのだからそれはそうなるだろう。

 もし、ドライバーが主役で操舵アシストが補助、つまり運転支援ということであれば、ああいう反力の設定は間違っている。だが、そもそもテスラのオートパイロットが目指すものが補助なんかではないのだとすれば、そういう角度で推し量っても仕方がない。

 テスラは常識の破壊者である。そしてそういうテスラの理想に帰依できる人に向けて、数多くの未来のエクスペリエンスを用意している。テスラのそういう部分と筆者は反りが合わないけれども、深い部分であらゆるものに、それは社会にも法律にも権威にも屈しない一つの理想主義なのかもしれない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。


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