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ピアプレッシャーという“病巣”――「休暇制度の充実」だけでは働き方改革を実現できない「無制限の有休」は奏功しなかった(1/5 ページ)

» 2019年06月18日 07時45分 公開
[生駒一将ITmedia]
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 4月から施行された働き方改革関連法案によって日本の働き方は変わるための一歩を踏み出した一方、海外の働き方もまた日々変化を遂げている。その潮流として注目を集めるのが、米国の企業を中心に福利厚生として提供されている「無期限の有給休暇制度」が廃止されつつあることだ。「無期限の有給休暇制度」は導入する企業が増えている一方で、先駆けて導入した米国・西海岸のテクノロジー企業やスタートアップではすでに廃止が検討されている。

 「無制限の有休」と聞くと心が踊る制度のように聞こえるかもしれないが、単に自由に好きなだけ休めるというものではない。自分が関わっているプロジェクトのメンバーや直属の上司からの承認を得て取得が認められる場合が多いからだ。

 一見社員に快く受け入れられそうなこの制度が、廃止されようとしているのはなぜか。その背景は実に単純で、休暇そのものを取ることが難しいことに起因する。理由は主に2つあるが、1つ目は多忙な業務により休暇を取ることができないから。2つ目の理由は、同僚からの圧力である「ピアプレッシャー」が休暇取得の邪魔をしているからだ。

 革新的な製品やサービスが圧倒的なスピードで展開されるシリコンバレーの風土は、優秀な人材による激務によって支えられていて、度々メディアでも議論される。ワーク・ライフ・バランスやワーク・ライフ・インテグレーションが充実していても、改善が必要とされているのだ。

photo 革新的な製品やサービスが生み出されるシリコンバレーでは、働く人の業務量も多く、同僚からのプレッシャーもある(写真提供:ゲッティイメージズ)

企業の注目は社員の「家族支援」に

 この無期限の有休制度に代わって人気を集めているのが、家族支援型の福利厚生だ。一言に家族支援型の福利厚生と言っても、多くの制度が存在する。例えば同制度が充実しているといわれるFacebook(フェイスブック)では、4カ月にわたる出産・育児休暇のほかに、出産祝い金となる4000ドルの「ベビーキャッシュ」、代理出産や精子提供、養子縁組への手当に加え、卵子凍結や体外受精といった不妊治療に掛かる費用までカバーされる。社員の家族を多方面からサポートしているのだ。

 このような家族支援型の福利厚生は米国で働く人々の企業選びにおいて重要な判断軸となっている。売り手市場で厳しい人材獲得戦略を強いられる企業は、福利厚生を充実させようと必死だ。

 しかし、どの制度を強化するかは企業によって異なる。例えばアイスクリームブランド「ハーゲンダッツ」などで有名な米国の大手食品会社General Mills(ゼネラル・ミルズ)は、産休・育休の日数に特化して、18年8月に制度を大幅に改善した。同社は、有給の産休・育休制度をこれまでの3倍以上に変更し、出産した母親は18〜20週間、父親やパートナー、養子縁組をした親たちは12週間の有休を取得することが可能となっている。さらに介護者向けの福利厚生も提供し、家族に深刻な健康問題を抱える社員は、2週間の有休を取ることができるのだ。

 一方、同業界のCampbell Soup Company(キャンベルスープカンパニー)では、10週間の育休のほかに、ニュージャージー州カムデンにある本社オフィスに合計12以上のファミリーラウンジやファミリーセンターを保有していて、乳児から幼稚園児まで預けられる場所を確保している。提供する食事にも気が配られ、親が安心して子どもを預けられる環境が整えられているのだ。

 また、コーヒーチェーンのStarbucks(スターバックス)では、18年から米国の全従業員に対し、チャイルドケア支援プログラム「Care@Work」を開始した。子を持つ親とベビーシッターとをオンライン上で結ぶCare.comと提携し、通常子どもを預けるチャイルドケアに何か起きたときでも対応できるように、10日間分のCare.comのサービスを無料で利用できるようにしている。

 米国の保健福祉省が16年に実施した調査では、米国国内の5歳以下の子を持つ親の200万人近くが十分なチャイルドケアがないために仕事を辞める、もしくは仕事を得られない状態にあるという結果が出た。スターバックスによるCare.comとの提携は、この問題に対応するための取り組みだという。何か問題が起きたときにも親が会社を休むことなく、安心して子どもを預けられる場所を瞬時に探せる「バックアップケア」の導入は、他にも世界最大の家電量販店である米国のBest Buy(ベストバイ)やクラウド会計ソフト会社のIntuit(インテュイット)といった企業を含め多くの企業で進められている。

 このように数ある福利厚生制度でも企業が力を入れる箇所は変わり、企業それぞれの考え方や戦略がうかがえる。興味深い点は、会社が社員の家族を支える方法として、休暇を認める制度以外にも多くの選択肢を用意していることだ。社員が仕事と子育てを両立させる方法はそれぞれ事情が異なることを知った上での施策であり、日本の企業が参考とすべき点は数多い。

photo スターバックス社員が利用するCare@Work(スターバックスのWebサイトより)
photo スターバックスは保育施設など多数の福利厚生を社員に提供している
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