絶滅危惧種に指定されたニホンウナギに対し、国や地方自治体あるいは民間のイニシアティブとして全国で種々の資源増殖のための取り組みが行われてきている。その最もポピュラーなものがウナギ放流であろう。漁業法では河川や湖沼で漁業を営む免許を有している者に対して水産動植物の増殖を行う義務を課している(第127条)。この義務を果たす一環として漁業協同組合によりウナギの放流が行われるほか、養鰻業者などによっても放流が行われている。
ところが、放流されたウナギによって資源が増加するとの科学的証拠は、実は存在していない。北大西洋などにおける国際的な水産資源科学アセスメント機関である国際海洋探査委員会(ICES)のウナギ放流ワークショップ報告書では、「放流の純利益を評価する知識的基盤は極めて弱い」と結論付けている( ICES, “Report of the Workshop on Eel Stocking (WKSTOCKEEL), 20–24 June 2016, Toomebridge, Northern Ireland, UK. ICES CM 2016/SSGEPD:21,” p. 54. ) 。
中央大学法学部准教授・中央大学研究開発機構ウナギ保全研究ユニット長の海部健三博士はこれを引用しつつ、養殖ウナギ放流がウナギ資源量を回復させる効果についてほとんど明らかにされていないと指摘している(海部健三「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その5 より効果的な放流とは」、18年2月26日) 。
事実、ウナギ問題を担当する水産庁増殖推進部栽培養殖課の中奥龍也・内水面漁業振興室長も「ウナギの放流効果については科学的に明らかになっていません」と認めており、「効果がないからやめたほうが良い」との批判に対しては「放流は“供養”の意味合いもありますし、効果がないからすぐにやめろ、とも言い難い」と答えている(日本養殖新聞 19年1月10日) 。
科学的根拠に乏しい点において、類似の増殖対策としては、「石倉かご」と呼ばれる人工構築物の設置事業が挙げられる。「石倉」とは石を積み上げて網で囲った工作物で、石の隙間をウナギが隠れ場所として利用することから、ウナギの伝統的な漁法として用いられている。この石倉を河川に設置することで、ウナギの生育環境の改善が目指されている。
しかし現在の科学的知見に基づくと、石倉カゴにニホンウナギの生息環境を改善し、再生産速度を増大させる効果は期待できないと海部准教授は指摘する ( 海部健三「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その3 生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜」2018年2月12日)。そもそも石倉カゴはタコツボのように、魚の隠れ家を作って捕獲するための漁具である。タコツボをいくら増やしたところでタコが増えないように、ウナギの隠れ家をいくら増やしたとこでウナギは増えない。
16年12月に自民党の行政事業レビューチームが出した提言でも「水産庁は石倉の設置事業を実施しているが、適切なエビデンスに基づいた効果検証がなされているとは言えない」と厳しく批判している 。科学的に意味が不明の増殖対策をしてもウナギ資源が増えないのは当たり前だ。
真田康弘(さなだ やすひろ)
早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員・研究院客員准教授。神戸大学国際協力研究科博士課程前期課程修了(修士・政治学)。同研究科博士課程後期課程修了(博士・政治学)。大阪大学大学教育実践センター非常勤講師、東京工業大学社会理工学研究科産学官連携研究員、法政大学サステイナビリティ研究教育機構リサーチ・アドミニストレータ、早稲田大学日米研究機構客員次席研究員・研究院客員講師等を経て2017年より現職。専門は政治学、国際政治史、国際関係論、環境政策論。地球環境政策や漁業資源管理など幅広く研究を行っている。著書に『A Repeated Story of the Tragedy of the Commons: A Short Survey on the Pacific Bluefin Tuna Fisheries and Farming in Japan』(早稲田大学、2015年)、その他論文を多数発表。
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