コラム
» 2019年07月11日 05時00分 公開

「土用の丑の日」間近:「奇跡のウナギ缶詰」物語――“日本一の防災”目指し始まった「町おこし」 (1/5)

高知県の黒潮町缶詰製作所で作られている「奇跡のウナギ缶詰」を巡る物語――。

[三田次郎,ITmedia]

 「う、うなぎ〜?」。高知県の黒潮町缶詰製作所の展示ブースに来る客は、必ずこう声をあげる。たちあっていると、判で押したように叫ぶから、面白い。そりゃ、そうだろう。うなぎは養殖だが、清流・四万十川の産である。地元でもうな丼は2〜3000円はするシロモノだ。この缶詰もまるまる一匹調理した蒲焼き1缶が2500円、アヒージョとひつまぶしの2缶と合わせ、3缶セットだと、7000円で販売(黒潮町缶詰製作所のネットショップ、送料無料)されている。

 決して、百貨店がお年玉に売り出す「ナントカの金製品」(大阪では阪神タイガースもの)のような話題づくりではなく、れっきとした主力商品で、昨年高知県の「高知家のうまいもの大賞2019」で審査員特別賞を受賞した。

 缶詰で「蒲焼き」といえば、せいぜい「さんま」か「いわし」である。しかもうなぎ缶詰の製造元は、大手食品メーカーではなく、人口1万1000人の町の第三セクターの会社である。だれもがなんでやねんと思い、「う、うなぎ〜?」と叫ぶのも無理はない。

photo 看板商品の四万十のうなぎ缶
photo

町長が音頭 攻めの防災と雇用創出

 なぜ、黒潮町なのか? さかのぼること7年前、東日本大震災の翌年。死者・不明者2万人という未曾有の被害に腰を抜かした政府(当時は民主党政権)が、次は西日本の番だと慌てふためき、南海トラフ地震の被害想定を公表した。津波が直撃する高知県沿岸西部に位置する黒潮町の被害想定は最大で「34メートル」と示された。

 10階だてのビルの高さに相当する。パニック映画のようだが、「そうとも言い切れなかった」と町職員の友永公生(きみお)さん。友永さんが救援に行った東日本大震災の被災地・宮城県気仙沼市(死者・不明者約1400人)では、津波が避難所を飲み込み、町の奥まで到達していた。黒潮町の被害想定も町の沿岸部のほとんどが浸水する。町民の受けた衝撃は計り知れない。それはある高齢女性が詠んだ詩にあらわれた。

 「大津波 来たらば共に 死んでやる 今日も息子が言う 足萎え吾に」

 町民の間に諦めムードが漂い、過疎化が進む町から流出者が出始めた。町長の大西勝也は職員に急ぎ訓示し「諦めるな」と厳命した。民間の農業経営者出身で、東日本大震災の前年に30代で当選した町長は大震災前から、職員の意識改革に努め、過疎化対策に着手し始めていた。被害想定が出た当初こそ「頭を抱えた」という町長だが、憔悴しきった町民の様子をみて町消滅の危機感を覚え、反転攻勢にでた。

 町職員200人全員を防災担当に任命し、各地域を割り当て、町の防災方針を伝え、世帯ごとの「避難カルテ」の作成に着手した。こうした攻めの防災対策を打ち出すと同時に、町長が考えたのが、人口流出を食い止めるための雇用創出だ。とはいえ、混乱さめやらぬ町民にとって雇用創出など絵空事ではないのか、町長に迷いがあった。

photo 黒潮町缶詰製作所のスタッフ。左から3人目が黒潮町職員の友永公生さん
photo 宮城県気仙沼市で実施された被災者からの聞き取り調査
       1|2|3|4|5 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.