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» 2019年08月17日 04時00分 公開

滝沢秀明がジャニー喜多川の「後継者」となった理由ジャニーズは努力が9割【中編】(2/5 ページ)

[霜田明寛,ITmedia]

孤軍奮闘するリーダー

 当時のジャニーズ Jr.は約120人(*2)。ジャニー喜多川に指名され、滝沢は16歳の頃から、ジュニア全体を取りまとめる役割を担い始めます。ジャニー喜多川の助手としてオーディションにも立ち会っていたといいますから、その信頼の厚さがうかがえます(*3)。とはいえ、もともとは「とにかく静かで常に隅っこにいる子」「人前に立つことも苦手なタイプ(*3)」だったという滝沢。「リーダーはもともと苦手なんです。最初は、この会社に入って、やらされた、みたいな感じだったんじゃないかな(笑)(*4)」と振り返ります。

 下は小学校5年生から、上は 22、23 歳までの大所帯(*2)をまとめるのですから、その苦労は想像に難くありません。先輩には「ここはこういう出番でよろしいですか?」と聞きに行ってライブのセットリストを作り、すると「何でお前の言うことを聞かなきゃいけないんだ」と返され、同期にも「何で俺はマイクを持てないんだ」と言われる、調整役ならではの難しさを10代から体験します(*5)。それでも続けたのは、「せっかく用意してもらったチャンスをなくしたくなかった(*5)」。

 「先輩のバックについてなんぼの人たちが、急に自分たちのコンサートができるってなったわけですから。そのチャンスに死に物狂いに食いついていった感じです(*6)」

 もちろん、まとめるだけではなく、自身も中心に立つプレイヤーとして人気を得ながら、さらに後輩を育てる監督のような役割も果たし続けたのです。ジャニーズ Jr.という世界は、数年に一度CDデビューできるタレントに選ばれるため、皆が熾烈な競争を繰り広げています。番組ではMCを務め、歌番組やコンサートではいつも中心にいた滝沢。倒れて点滴を打つほどのハードスケジュールでも、相談できる仲間はいなかったと振り返っています。

 「先輩に相談するのは失礼だと思ったし。Jr.の仲間にも弱音を吐けない。誰にも。相談したり、弱音を吐いたら“ぜいたくな悩みだな”って思われるだろうから(*6)」

 自分が先頭を走り、先輩すら自分の後ろにいるような状況だと、頼る人もいなくなるのです。当時は、ジュニアの仲間にだけではなく、「滝沢ばっかり」と思っているであろう他のジュニアのファンに対しても、「みんなが敵に見えてた」という感情を抱いていて、しんどかったのだといいます(*7)。先輩を追い抜いて中心に立つことで、誰にも相談できない状況になりながら、滝沢は孤軍奮闘していたのです。

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