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» 2019年08月17日 04時00分 公開

滝沢秀明がジャニー喜多川の「後継者」となった理由ジャニーズは努力が9割【中編】(3/5 ページ)

[霜田明寛,ITmedia]

「努力する意味あるのかな?」

 ちなみに滝沢秀明と同い年で、半年遅れで入所したのは、今は嵐として活躍する櫻井翔。当時の滝沢の活躍は、「努力する意味あるのかな?」と櫻井の戦意を喪失させるほどのものがあったようです。当時の櫻井は、滝沢の「大変さも知らずに」ジュニアの舞台の端っこから「なんだかなー」と思いながら見ていたことを告白しています(*7)。

 そんな櫻井が嵐としてデビューする1999年前後は、滝沢個人としても、ジャニーズ Jr.全体としても人気はうなぎのぼりでした。滝沢はドラマ『魔女の条件』で、松嶋菜々子扮する女教師と禁断の恋をする男子高校生という役でダブル主演。最終回の視聴率は 29.5パーセントを記録します。その頃の滝沢は「取材だったり、生放送の歌番組だったり、その日、何をするのか分からない生活が、14歳からCDデビューする 20 歳くらいまで続きました(*2)」という日々。その期間で「自分でどこへでも行き、何でもやり、その場でお題を出されて、全力を出すという対応力は鍛えられました(*2)」と振り返ります。

 2002年には“タッキー&翼”として CD デビュー。しかしデビューして、ジャニーズ Jr.を卒業してからも、後輩の相談に乗ったり、飲みに連れていくことはもちろん、「滝CHANnel」として早くからネット上のジャニーズ Jr.の出演動画をプロデュースしたり、演出を手掛ける自らの舞台ではジュニアの見せ場もきちんと作るなど、労を惜しみませんでした。

 後輩への面倒見の良さは、まさに伝説。とにかく話を聞くことを大事にし、後輩とも頻繁にご飯へ(*8)。それは、舞台での共演が多かったKis-My-Ft2の北山宏光が、滝沢の舞台のギャラ分と同じくらいおごってもらったと語るほど(*9)。他にも Hey!Say!JUMPの八乙女光はまだジュニアに入りたての少年だった頃に、学校帰りに「ヒマなんだけど」と電話をしても、滝沢はきちんと応対してくれたと証言するなど(*5)、「タッキーにお世話になった」エピソードは枚挙にいとまがありません。

 グループ内で仲が悪い2人がいると、その2人を仲直りさせ、さらにはキスまでさせるという、独自の手法も駆使する徹底した先輩っぷりです(*9)。滝沢が心がけているのは、たとえ相手が後輩であっても「一人一人に男として接してる(*10)」と対等な関係でいること。「『今言ってあげないともったいないな』っていうタイミングを逃がさないようにはしてる(*11)」と、相手の様子を見ながら、あくまで、いいところを伸ばすためにアドバイスをしていきます。

 「だから Jr.と話すときには絶対に『オレのときはこうだったんだよ』って言い方はしないようにしてるんだ。絶対に自分の考え方を押しつけないようにしようって気を付けてる(*12)」

 その滝沢の人と接するときの究極の形が、決して怒らない姿勢です。

 「僕はプライベートでも、感情をバーッと出すことはないんです。負けですよね。仕事だろうとプライベートだろうと、感情的になった時点で。ほえたら負け(*13)」

 滝沢は、感情的にならずに適切に後輩を導く“大人”として周囲に頼られているのです。頼る先輩のいなかった滝沢は、ジュニアを卒業してからも、率先して頼られる先輩で居続けました。自分の時代の押しつけはしないという心配りの一方で、自分の見た美しい景色を後輩にも見せようとしているようにも思えます。

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