ドライバーの高齢化で問題に上るのは、老化による能力低下だけではない。昨今、高齢ドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違いが原因の事故がよく取り沙汰されているが、その背景として懸念されているのが、運送業界でのオートマチック車(AT車)の普及だ。
最近ではクルマ側の難易度を下げることで高齢者や女性でも運転できるように、トラックメーカーがマニュアル車(MT車)より比較的運転しやすいAT車や、AT車とMT車の中間とされるセミオートマチック車(AMT車)などを開発・商品化している。運送企業も積極的にこれらのクルマを採用する動きが目立ち始め、中には所有するMT車を全てAT・AMT車に買い替えた会社もある。
基本的にMT車は左足でのクラッチ操作、左手でのシフトチェンジが必要で、右足1本でクルマが直進することはない。しかし、AT車はアクセルさえ踏めば進んでしまう。
4月、日本中が注目した高齢者ドライバーによる池袋でのアクセルとブレーキの踏み間違い事故に加え、翌々日に神戸市・三宮で発生した市営バスの事故も、当時64歳の運転士による踏み間違いが原因だった。事故を起こしたバスがもしMT車だったら、交差点に進入することもなく、2人の犠牲者も出ていなかったはずだ。
一筋縄ではいかない、物流業界の人手不足に起因する高齢化問題。これらを改善するには、トラックドライバーの労働環境の改善と賃金の見直し、加えてより安全な車両の開発といった抜本的な対策が必要と言えるだろう。
そしてもう1つ、物流サービスのエンドユーザーである私たち消費者もまた、このテーマを少しでも「自分の生活と決して無縁ではない問題」として捉える必要があるのではないだろうか。
先述の通り、国内貨物輸送の9割以上はトラックによる輸送だ。私たちが生活する上で目に入るほとんど全ての物が、1度以上はトラックで運ばれてきたことになると考えれば、もはやトラックドライバーの人手不足は業界内だけで考えるべき問題ではない。消費者の都合による度重なる再配達は、トラックドライバーの負担を確実に増大させているという現実もある。
今や世間から「使えて当然」として捉えられている、無料配送や時間帯指定配送、再配達といった日本の優れた物流サービス。私たちがこれらの利便性を享受できる背景には、彼らドライバーの過酷な労働環境があることを忘れてはならない。事故現場の踏切に残された長く伸びた黒いタイヤ痕に目をやるたびに思うのだ。
橋本愛喜(はしもと あいき)
大阪府出身。大学卒業後、金型関連工場の2代目として職人育成や品質管理などに従事。その傍ら、非常勤の日本語教師として60カ国4000人の留学生や駐在員と交流を持つ。米国・ニューヨークに拠点を移し、某テレビ局内で報道の現場に身を置きながら、マイノリティにフィーチャーしたドキュメンタリー記事の執筆を開始。現在は日米韓を行き来し、国際文化差異から中小零細企業の労働問題、IT関連記事まで幅広く執筆中。
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