ここまでの連載では、ローコード開発ツールの登場により自治体とITの関係性が変わり、内製という選択肢が現実的なものになったこと、その実例として神戸市が取り組む内製による全庁的な業務改革について紹介した。
連載第3回となる本稿では、自治体の主要業務でもある「窓口業務」「行政手続」の改革に、内製の手法で取り組んでいる事例を紹介したい。神戸市の事例は、全庁的に内製文化を醸成していくために踏むべき「ステップ」にフォーカスし、ボトムアップで取り組むためのエッセンスを抽出した。
本稿で取り上げる千葉県市川市、岐阜県高山市は、トップによるプロジェクト実行の指示のもと、現場においても高速なサイクルで成果を出している事例だ。これらの取り組みから、自治体において高速なITプロジェクトはどのように実現されるのか、その手掛かりに迫りたい。
初めに、市川市の「来なくてすむ市役所」プロジェクトについて紹介しよう。市川市では住民サービス改革を掲げる村越祐民市長の就任を機に、本プロジェクトが発足した。
その基本的な方向性は、市民が行政手続を行う際、役所に来ることなく、スマートフォン等のモバイルデバイスから、あらゆる手続ができるようにするというものだ。現在でも、多くの行政手続は自治体の窓口に行かなければ行うことができない。また、郵送で申請できる手続もあるが、手間が掛かり民間企業が提供するサービスと比べて利便性は著しく低い。
まず実施したことは、庁内の各部署から職員を起用したプロジェクトチームの結成だ。このプロジェクトチームで「来なくてすむ市役所」を実現するための具体的な方策が検討された。そこでチームが目を付けたのは、国内最大のSNSサービス「LINE」である。
これまで、多くの自治体が独自の住民向けアプリを開発・公開してきたが、軒並み低い利用率となっている。その要因として、自治体の独自アプリを住民に認知させ、スマートフォンにアプリをインストールさせるハードルが高いためだ。そこで、市川市は国民が広く利用しているLINEを活用することで、この問題をクリアすることとした。すでLINEを利用している市民であれば、市川市が提供する公式アカウントを「友達」として登録するだけで、オンライン申請等の機能を使い始めることができる。導入障壁が下がるというわけだ。
次に検討を進めたのは、申請を受理するためのデータベース機能である。LINEはメッセージングツールであり、データベース機能は提供していないため、別途データベースを準備した上で、LINE経由のオンライン申請を受け取れるよう連携させる必要があった。
市役所には、住民票の申請など、数百の行政手続が存在するため、個別にデータベース開発を外注しようとすれば、莫大な費用と時間がかかる。その上、業務の変化に応じて弾力的にデータベースを改修することが難しい。そこで目を付けたのが、ローコード開発ツールによる内製である。
ローコード開発ツールの多くはサブスクリプション型のPaaS(Platform as a Service)として提供されており、契約で定められた上限まで、いくつでもデータベースを作成できる。つまり、数百もの手続のオンライン化に用いるデータベースを、職員が自ら作成することによって、外注と比較したときに大幅にコストを引き下げ、かつ高速なサイクルでの開発を実現できる。
2019年3月、市川市はLINEによる住民票のオンライン申請を実証実験として開始した。LINEのチャットボットから送られる質問に対して回答していくだけで、住民票の申請ができる。また、住民票は自宅に郵送されるため、申請から受け取りまで役所に足を運ぶ必要はない。本人確認は身分証明書の写真をLINEで送ることによって行い、手数料の支払いはLINE Payで行うものとなっている。
この実証実験を通じて、LINEとローコード開発ツールの組み合わせには住民票のオンライン申請にとどまらず、さまざまな手続に活用できる汎用性があると結論付け、他の手続への横展開を開始した。その後、2〜3カ月に1度のペースで新しいオンライン申請がリリースされていることからも、内製によって素早くプロジェクトが進行していることが分かる。なお、20年4月現在、市川市では以下の手続がLINEから申請できるようになっている。
市川市は、世界最先端の電子国家として知られるエストニアとの交流を深めていることからも、日本のDXを市川市がリードするという意思を感じる。あらゆる手続がスマートフォンから行える未来をいち早く体現しようとする市川市の取り組みに、今後も期待したい。
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