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「パワハラ防止法の施行で『陰湿なパワハラ』が増える」という批判は正しいのか働き方の「今」を知る(3/4 ページ)

» 2020年06月19日 05時00分 公開
[新田龍ITmedia]

今回の法律はパワハラ防止には不十分なのか

 パワハラの定義が法律で定められるということは、どこまでがパワハラで、どこからがパワハラではないかの線引きがなされる、ということなのだが、これはなかなか繊細なテーマだ。実際、本法律で示されたパワハラの定義については、2019年の労働政策審議会分科会において指針素案が示されたときから議論になっていた。

 素案ではパワハラの定義に加え、典型的な類型ごとに「該当すると考えられる例」と「該当しないと考えられる例」を初めて提示したのだが、この「該当しないと考えられる例」に対して日本労働弁護団が「抽象的で、幅広く解釈されるおそれがあり、責任逃れに悪用される危険性が高い」と抜本的な修正を求める声明を出したことが報道され話題になった。本件についてはネット上でも「『該当しないと考えられる例』を悪用し、むしろ陰湿なパワハラが増えてしまうのではないか?」などといった懸念の声もあり、ネガティブな反応も多いようであった。

法施行によって「陰湿なパワハラ」が増える?(出所:ゲッティイメージズ)

 例えば厚生労働省の資料では、「精神的攻撃」に関して、「人格を否定するような言動」や「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う」などを挙げているが、「遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をする」は該当しないとした。

 また能力や経験とかけ離れた簡単な業務をさせる「過小な要求」についても、「管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる」をパワハラに該当するとした一方、「労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する」は該当しないとしている。こうした線引きが、曖昧であるような印象を与え、批判されていたと考えられる。

 確かに、これらの例は過去に裁判でパワハラか否か争われたことがあるテーマでもあるし、抽象的に解釈できる部分もある。しかし筆者は、これらの「該当しないと考えられる例」は、企業が労働者に対して持つ「人事権」(つまり、採用、配置、異動、人事考課、昇給、休職、解雇など、企業組織における労働者の地位や処遇に関する使用者の決定権限であり、判例においても「その性質上企業の広範な裁量に委ねられている」とされる)に含まれる内容であり、実際に職場での部下指導においても広くおこなわれていることを追認した、至極妥当なことと認識している。

 「厳しく注意すること」=「パワハラ」なのではない。会社組織において、職制に基づいた権限による統制をおこなうことは当然の前提条件である。部下が指示命令に従わないのであれば、厳しく注意したり、部下のレベルにあった業務をあてがったりすることは秩序維持において当然必要なことだ。その過程において身体に危害を加えたり、相手の人格を否定するような暴言を吐いたりすることがパワハラとして問題視されているわけであり、その点、この定義はパワハラと指導の線引きが妥当になされているものと考えてよいだろう。

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