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政府CIO補佐官に聞く、行政のデジタル化が進まない理由と脱却のシナリオ一律10万円給付はなぜ遅れた?(2/3 ページ)

» 2020年08月06日 10時00分 公開
[酒井真弓ITmedia]

デジタル技術を使いこなせないと揶揄(やゆ)される日本の現在地

 「政府のIT予算は、年間5000億円にも上りますが、デジタルによる本格的な業務改革に政府CIO補佐官がかかわるようになったのは、ごく最近のことです」――そう明かすのは、内閣官房 政府CIO上席補佐官の平本健二氏だ。

内閣官房 政府CIO上席補佐官 平本健二氏

 政府CIO補佐官とは、各省庁のIT部門と連携して行政サービスの開発などに当たる民間出身のIT専門家だ。以前は、大規模システムのプロジェクトマネジメントを経験した年齢の高い人が中心で、仕様書のレビューや相談役のような役割を担っていた。しかし、クラウド、AI、IoTといった新たな技術の実用化が進むと、個々の技術への深い造詣が求められるようになっていった。ある種の権威や経験がほとんど意味を成さなくなってからは、平均年齢も若くなり、現在の最年少政府CIO補佐官は20代後半だ。

 前述の、「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン」(以下、「グランドデザイン」)は、初めて政府CIO補佐官が中心となって策定された。

 「戦略はホチキス」といわれる。いろいろな人が文書を持ち寄ってホチキスで留めれば戦略になるという皮肉だが、行政職員が持ち寄る戦略は実現可能性を重視するため、どうしても現在のケーパビリティから思考してしまい、予測不能なデジタル社会の未来を描くには適さない。その点、今回の「グランドデザイン」は、IT専門家が考える「日本のあるべき未来」とその「道筋」が具体的に示されており、100年続いてきた制度の壁を超える意欲が込められている。ここからは、政府CIO補佐官たちと「グランドデザイン」を読み解いていく。

サービスデザイン思考で、使いにくい行政サービスを変える

 行政のデジタルサービスを、「使いにくい」と感じる人は少なくないだろう。現にある自治体では、オンラインでの特別定額給付金申請において約6割に不備があり、郵送での申請に一本化する事態となった。

 LINE AIカンパニーCEOで、サービスデザインの専門家として政府CIO補佐官に加わった砂金信一郎氏は、行政のデジタルサービスが使いにくい理由をこう指摘する。

LINE AIカンパニー CEOで政府CIO補佐官の砂金信一郎氏(左)

 「ネット企業が提供するオンライン申請フォームは、ランディングページから何人が遷移し、どの項目で何回エラーが発生し、最終的にどれくらいが申し込み完了に至ったかというデータを計測しながら、UI/UXの改善を図っています。一方、行政のオンライン申請フォームは、使いにくさを定量的に測る習慣がありませんでした」(砂金氏)

 行政のデジタルサービスは、平均的なユーザーを想定し、単一的なUIを提供してきた。UXという考え方は、そもそも存在すらしていなかっただろう。行政側は、「使いにくくても使わせる」ではなく、「誰もが簡単に使えるサービスの提供」へと早急に発想を転換する必要がある。

行政のサービスも「出して終わり」ではない

 使いにくい行政サービスと、洗練された民間サービスの違いは、運用開始後の対応にも現れる。行政サービスも「出して終わり」ではなく、プライバシーへの配慮を大前提としつつ、ユーザーの使い勝手を把握し、継続的に改善していく必要がある。

 砂金氏は現在、経済産業省が運営するオンライン補助金申請サービス「jGrants」のUI/UX改善に取り組んでいる。目的は、補助金を必要とする事業者がつまずくことなくスムーズに申請できるようにすることだ。調達仕様書では、「申請完了率の向上」と「申請完了までの時間短縮」を成功指標として掲げている。これは、行政職員が「使いやすくなった」と感じれば良しとされてきたこれまでのサービス開発に、NOを突きつけるものだ。

 「こういった取り組みはまだ始まったばかりですが、うまくいけば、他の省庁や自治体のオンライン申請フォームにも横展開していきたい」(砂金氏)

外部委託先への丸投げを是正する

 さらに砂金氏は、「行政のサービス開発をベンダーや外部委託先に丸投げしている現状も問題だ」と指摘する。

 「他国を見ていると、自分たちのシステムは自分たちで作るというのが基本姿勢です。ところが日本の場合、行政機関側にエンジニアが一人もいないというプロジェクトも少なくありません。仕様書通りに納品されたらお金を払って終わり――まずはその状態を是正しないと、良いサービスは作れません」(砂金氏)

 新たな問題は、ベンダーや外部委託先との既存の契約が、アジャイル開発に適したものになっていないということだ。

 アジャイル開発とは、多くの先進企業が採用するソフトウェア開発手法の1つで、ニーズの変化に柔軟に対応できることが特徴だ。計画段階では厳密な仕様を決めず、だいたいの仕様と要求だけを決めておく。その上で、動作するソフトウェアを短期間で作り上げ、検証し、改善するといったサイクルを繰り返していく。「グランドデザイン」でも、アジャイル開発の推進が掲げられている。

 しかし、「仕様書通りに納品されたらお金が支払われる――という既存の契約条件では、アジャイル開発の推進は難しいのです。なぜなら、アジャイル開発の特性として、最初に作ろうとしていたものと、最後に出来上がったものが違う可能性があるからです」(砂金氏)

 違う=より良いサービスになったからいいじゃないか、では通らない。行政の財務会計担当者からは、「違うものが納品されたのに、なぜお金を払わなきゃいけないんだ」といわれることがあるという。

 「周囲の理解がないままテクノロジーの論理だけで進めても、誰もついてきてくれないという例ですね。現場の理解を得ながら、これからの時代に合った契約内容や調達仕様書を作っていくのも政府CIO補佐官の役割です」(砂金氏)

民間サービスとの融合で、さらに便利に

 「グランドデザイン」では、今後、行政と民間のサービスを融合することで、使いやすいサービスを提供していくと示されている。ここで鍵となるのは、行政サービスのAPI化と、そのAPIの質向上だ。

 APIを活用すれば、これまでの行政の調達スタイルと違い、行政と民間はそれぞれ独自にサービス開発を進められる。必要に応じ、APIを介してそれらを連携すれば、さらに高度なサービスを生み出せる可能性がある。また、連携の自由度は、さまざまな企業の参入、競争にもつながる。これが結果として、ユーザーの利便性向上につながると期待されているのだ。

 みずほフィナンシャルグループで金融APIを公開し、スタートアップや異業種との連携を進めている大久保光伸氏は、政府CIO補佐官としてもこの領域に力を入れている。

みずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部 アドバイザリーボードで政府CIO補佐官の大久保光伸氏

 「政府にはAPIの簡単なガイドブックはあるのですが、標準化できるようなAPIの基準がないので、民間のAPI事例を政府側に反映することにしたのです」(大久保氏)

 民間の第一線で起こるムーブメントや成功事例を積極的に取り入れるなど、デジタル社会に向けて、行政も大きく変わろうとしている。

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