組織が変わるとき、そこには大なり小なり痛みが伴う。ましてや、100年続いたやり方や価値観を大きく変えようとなれば、反発ややりづらさもあるだろう。そこで、民間からやってきた政府CIO補佐官が霞が関でも力を発揮できるよう、土壌づくりに奔走する人がいる。経済産業省 デジタル化推進マネジャーの酒井一樹氏は、政府CIO補佐官と行政職員との橋渡し役だ。
「政府CIO補佐官たちが魂を込めて仕様を策定したのに、サービスが出来上がるころには魂が抜けてしまう、といったことは往々にしてあります。現場にマインドまできちんと伝えていく必要があります」(酒井氏)
政府CIO補佐官は、行政にどっぷりつかりながらも、IT専門家としての視点や独立性を保つ必要がある。しかし、鳴り物入りで入った政府CIO補佐官の中にも、独特の雰囲気に飲まれ、霞が関に染まっていく者が出てくるという。
「『自分も霞が関曼荼羅(パワーポイント1枚に全て入っているようなビジーなポンチ絵)が描けるようになりたい』とか言うようになったらマズいです。そんなのは描けなくていいんだよと伝えます。過渡期だからこそ、ビジョンやミッションにもとづいたチームビルディングやコミュニティー作りが重要なのです」(酒井氏)
一連の試みに対し、訳知り顔で「エストニアのX-roadを買ってくればいいじゃないか」と言う人もいるという。しかし、電子国家エストニアも一朝一夕にできたわけではない。長い間、地道にデータを整備し、土台があるからこそ使いやすい行政サービスが構築できたのだ。
「いつの時代でも、ツールだけなら最先端のものを買ってこれます。しかし、燃料がないところにポルシェを買ってきても意味がないのと同じように、それを生かすためのデータがなければ意味がない。データの整備は10年かかる。欧米はこれから2年でツールの整備し、2030年をターゲットにデジタル国家を目指している。日本もこの2年が勝負です」(平本氏)
データの整備は、地味で目立たず手間のかかる仕事だ。しかし、予算がない、面倒くさいと言い訳をしてまた先延ばしにするのなら、日本はこれからもIT後進国への道を歩み続けることになる。
「行政サービスを使いにくいと批判するだけなら誰にでもできます。でも、それだけじゃ何も変わらないし、エンジニアとしてカッコ悪いなと感じている方は、ぜひ政府CIO補佐官に名乗りを上げてほしいです」(砂金氏)
デジタル社会は、行政がエンジニアを大量採用したり、外部委託先が考えを改めてくれたらすぐにやってくるものではない。日本のIT業界に横たわる「分厚い壁」を取り払うことが、デジタル社会の実現を推し進めることにつながる。
「日本のIT業界は、SIをはじめエンタープライズ系の方々と、アプリなどを提供するWebサービス系の方々との間に文化的な隔たりがあります。お互いがお互いを小馬鹿にする場面も見られ、非常に良くありません。エンタープライズ系の方には、こんなのお遊びだと思わずに、アプリの裏側でどれだけ高度な処理がなされているのか興味を持ってほしい。Webサービス系の方には、社会を支えるミッションクリティカルなシステムに関心を持って近寄ってみてほしい。デジタル社会の実現に向けて、日本のIT業界はどうしていくべきか、皆で考える時期に来ています」(砂金氏)
行政やエンタープライズがデータを整備し、Webサービス系やシビックテックがインタフェースを作る、そのうち人材も交わっていき……といったように、尊敬と信頼にもとづく協業関係をIT業界全体で醸成できるかどうかが試されている。
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