インターネットの分断は、インターネットの価値を損なう。世界中でつながった1つのネットワークだからこそ、インターネットと呼ばれているのだ。
このようなインターネットの理念は、比較的最近になって国際人権法と接続された。国連人権理事会の2016年の決議では、政治的な発言を含む「表現の自由(言論の自由)はインターネット上でも守られなければならない」と明記し(決議文PDF)、インターネット上の言論の自由の重要性を国際社会に向けて示した。この決議に至る歴史的経緯としては、中東・北アフリカ諸国で広がった民主化運動にインターネットが活用された事例(アラブの春)に対する調査を踏まえた11年の国連レポート「インターネットアクセスは人権である」の存在があり、14年にブラジルで開催されたインターネット国際会議NETmundialの声明文「NETmundialマルチステークホルダー・ステートメント」で「インターネット上の表現の自由」が明記されたことがある。
「インターネットを国の都合で分断せず、表現の自由を守るべきである」とインターネットを運営するコミュニティは考え、そして国際社会がそれを受け入れ、国連人権理事会の決議に至った形だ。
この決議に照らして考えるなら、インターネット上で政治的な言説を検閲しインターネットを分断する行為は、表現の自由という人権の侵害にあたる。
国際人権は普遍的な概念であり、すべての国に対して適用される。もちろん米国についてもだ。米国は中国製アプリのTikTokとWeChatを禁止する命令を出したが、この措置は「表現の自由」に反するとの指摘が出ている(関連記事)。
前述したように、中国の教育現場は代替ツールを使うなどして今回の問題を乗り越えていくだろう。だが、中国の子どもたちが世界に向けて自作プログラムを発表できる場はもう戻ってこない可能性が高い。インターネットの分断というこの世界の傷口が、また少し大きくなってしまった格好だ。
フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に取材対象として関心を持つ。学生時代には物理学、情報工学、機械学習、暗号、ロボティクスなどに触れる。これまでに書いてきた分野は1980年代にはUNIX、次世代OS研究や分散処理、1990年代にはエンタープライズシステムやJavaテクノロジの台頭、2000年代以降はクラウドサービス、Android、エンジニア個人へのインタビューなど。イノベーティブなテクノロジー、およびイノベーティブな界隈の人物への取材を好む。
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