クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

やり直しの「MIRAI」(後編) 池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/5 ページ)

» 2020年11月09日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 さて、前編ではトヨタの新型MIRAIプロトタイプの刷新内容と走りについて評価した(記事参照)。運動体として、魔法の絨毯(じゅうたん)のような極上の乗り心地と、重量級GTとして破格の運動性能を両立していることをお伝えしたのだが、インフラとの兼ね合いなしにFCVの普及はあり得ない。後編ではそのインフラの今と未来をエネルギー政策全般を通してチェックしてみたい。

東京モーターショーに出品された新型MIRAIコンセプト

水素の現状

 まずは厳しい現実の話から始めよう。第一に2020年11月のこの時点において、水素スタンドのインフラはかなり絶望的な状態にある。相当に言い訳を重ねないと擁護できない。

 筆者が知る限り、ふらりと行って水素充填ができるスタンドは23区内ですら2軒しかない。港区の芝公園(9:00〜21:00)と大田区の池上(9:00〜17:00)にあるイワタニの水素ステーションだ。それ以外はあらかじめ電話で確認してから行かないと営業していない恐れがあるし、移動式の水素ステーションに至ってはほとんど予約制みたいなものである。しかも夜間営業も絶望的だし、高速のSAにも水素ステーションはない。いつでもどこでも移動中に補給というわけにはいかないのだ。

 無理もないよなぁと思うのは、あまりに利用者が少ないためだ。日本で一番台数をこなしている芝公園のイワタニでも、1日の水素充填(じゅうてん)取り扱いは10台ほど。それ以外の店舗では、仮に1日店を開けていても来客ゼロの日が続くと思われる。

イワタニ水素ステーション芝公園(トヨタWebサイトより)

 トヨタがWeb上で水素ステーション一覧で営業状況の情報提供をしているので、一瞥(いちべつ)だけでもしてもらいたい。確かに件数的には全国で130軒ほどあるのだが、問題は安定的に営業していないところにある。まあありていにいえば、ほぼ全部が予約制だと思うくらいでちょうどいい。なめてかかるとひどい目に遭う。

 考えるまでもなく、ガソリンスタンドとは比較にならないし、EVの充電ステーションと比べても貧弱なことこの上ない。こういう不便を覚悟しないとFCVには乗れない。それが2020年の現実である。

 文句ばかり言っても仕方ないので、あえて擁護すれば、新型MIRAIの航続距離は850キロ。東京大阪間をノンストップで走れるので、長距離通勤にクルマを使う人でない限りは月に1度、多くともせいぜい2度も補給すればこと足りるだろう。

 よくEVユーザーが「遠出する時は、経路充電ポイントをあらかじめ考慮に入れてルートを組めば不自由はない」と言うが、それにとまどいなく同意できる人であれば、まあそれより少し不便かな程度で乗り越えられるのかもしれない。いずれにせよ水素も電気も、ガソリンのように気がむいた時に補給なんてできないのは同じだが、両者の間にもその程度、不便の差が存在する。

 加えていえば、旧式の充填器だと、圧力が700気圧まで上げられないとか、前の人が充填した直後だと圧が上がらないとか、現状ではいろいろと問題は山積している。ちなみに今のところ水素の走行距離あたり単価は、政策的にハイオク同等に設定しているので、燃料コスト面では高くも安くもない。

 細かいことをいえば水素スタンドは高圧ガスを扱うため充填作業に資格が必要なため、セルフ式は存在しない。フルサービスなのだが、大抵は設備が充填器のみなので、ついでに洗車を頼んだり空気圧を見てもらったりはまずできない。

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