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コロナ禍でも不文律破らず 「シウマイ弁当」崎陽軒が堅持するローカルブランド新連載・地域経済の底力(1/5 ページ)

» 2021年06月04日 17時06分 公開
[伏見学ITmedia]

連載:地域経済の底力

全国には地場のビジネス活性化やブランド創出に奮闘する企業が数多く存在する。こうした企業の特徴は、自社の利益追求だけではなく、地域全体の成長や発展に向けた貢献を惜しまず、どんなときでも地域経済を根底で支えようとする姿勢を貫く点である。

連載「地域経済の底力」では、全国各地から特筆すべき企業を取り上げ、それぞれの企業が地域にもたらす具体的な成果や価値などを伝えていく。


 「一番売り上げが悪かったのは昨年4月。前年の4割以下に落ち込みました。そのままズルズルと、上半期は大赤字でした」

 崎陽軒の野並直文社長は半ば諦めた表情で、こう吐露する。

 1日に約2万5000個を売り上げていた同社の主力商品「シウマイ弁当」は、大半が駅売りだった。そのため、鉄道による人の移動を激減させた新型コロナウイルスは、崎陽軒に甚大な損失を与えた。

駅構内や駅ビルなどの販売店が、これまで崎陽軒の売り上げを支えてきた。写真は横浜駅西口の「相鉄ジョイナス」地下にある店舗

 それだけではない。「シウマイ弁当」はイベント行事などでも引き合いがあった。例えば、スポーツイベントや謝恩会、歓送迎会など、大勢の人々が集まって食事をする際に提供されていた。しかし、その機会もなくなった。

 「例えば、昨年2月に出たキャンセルは、『東京マラソン』のスタッフ用弁当です。マラソン大会は沿道警備などのスタッフがたくさん必要で、彼ら、彼女らに対する弁当が全てキャンセルになった」

「シウマイ弁当」(写真提供:崎陽軒)

 その数、数百食。その後もドミノ倒しのようにキャンセルの連絡が相次ぎ、見込んでいた売り上げは軒並み吹き飛んだ。

 地域の地盤沈下も大きかった。名産品は、良くも悪くも地域と一蓮托生。その土地にやって来た人がお土産として購入することが一般的だからだ。崎陽軒が本社を構える横浜市はコロナの大打撃を受けて、20年の観光客数は前年比55%減の1629万人に。横浜は展示会やコンサートなどの大規模イベントが多く、それがほぼゼロになった。

 秋口には観光促進策「GoToトラベル」が始まったことなどもあり、人の往来が増え、崎陽軒の下半期業績は持ち直して黒字に転じたものの、年間を通して減収減益は避けられなかった。2021年2月期で、売上高は約178億円と、前年比で32%減となった。

 この1年は苦戦を強いられてきた崎陽軒だが、光明もあった。

 1つはロードサイド店の好調ぶり、もう1つは通販事業の伸長だ。現状ではまだ同社の売り上げ全体に占める割合は小さいが、新たな販売チャネルとして野並社長は期待を寄せる。

 「以前であれば、計画の俎上(そじょう)に載らなかったであろう場所に店を出しても、これが売れるのです。通販も将来の成長の柱として有力だと思っています」

 では、具体的にどのような戦略を描くのだろうか。

コロナ禍での戦い方を語る野並直文社長

消費者のもとへ売りに行く

 まずは、ロードサイドへの販路拡大についてだ。

 先に触れたように、同社の大きな収益源は駅での販売とイベント関連の注文。加えて、都市部の百貨店での販売である。ところが、コロナによって消費者の行動が一変し、郊外での購買需要が高まった。

 「人がいなくなった都市部の店はダメージを受けた一方で、(住宅などがある)郊外での需要が伸びています。例えば、神奈川県だと、横須賀や、藤沢以西の百貨店などで売り上げが増えているところもあります」

 野並社長は言う。コロナであっても人間は1日3食、食べるのが基本。売り上げが落ちているのは、消費者にリーチできていないだけで、現に食品スーパーなどは需要が伸びている。そう前向きに考え、鉄道が駄目ならば、クルマや自転車、徒歩で買い物にやってくる客を狙えばいいと、郊外のロードサイドに目を向けた。

今年6月オープンの逗子銀座通り店(写真提供:崎陽軒)

 現在は神奈川、東京を中心に9店舗。出店攻勢をかけ、今年度末までに約20店舗にする計画だ。

 もう一つの成長材料となったのが通販だ。これまでも通販はやっていたが、「売り上げは全体の1%程度」(野並社長)だった。

 ところが、コロナ禍でシウマイを買いたくても買いに行けないという消費者からの注文が相次いだ。通販が伸びると見た同社は、新たに通販向けの商品開発を急いだ。それが「おうちで駅弁シリーズ」だ。

 「家にいながら駅弁を食べていただこうと、冷凍の弁当を数種類開発しました。これが人気で、売り上げ的に多少は救われたという感があります」

 売れ筋は「おうちで駅弁シリーズ チャーハン弁当」。常温の弁当の中でも顧客に浸透している商品であり、通年販売していることなどが人気の理由だという。

「おうちで駅弁シリーズ チャーハン弁当」(写真提供:崎陽軒)

 通販全体の売り上げは従来の倍以上になった。もちろん金額だけを見れば小さいが、本腰を入れていくために「D2C室」を立ち上げた。D2Cとは、Direct-to-Consumerの略。ECサイトから直接顧客へ販売するモデルを指す。長年、駅での手売りが主流だった崎陽軒に新風が吹き込んだ。

 「小さく生んで、大きく育てようと。元々の売り上げは小さいものの、通販は倍々ペースで伸びています。将来の事業成長を考える上で無視できません」と野並社長は意気込む。

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