「旧A社は給与が高いのに、旧B社は残業代すら出ない」を防ぐために M&Aの際、人事制度はどう統合すべきか突然のM&A その時、人事がキーマンになる(4/4 ページ)

» 2021年12月02日 07時00分 公開
[桐ケ谷優ITmedia]
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シナリオ2:どちらか一方の会社の制度に合わせる

 シナリオ2では、処遇が高い会社(ここでは旧A社と仮定)に合わせるのか(ケースa)、低い会社(ここでは旧B社と仮定)に合わせるのか(ケースb)によって、リスクの様相が大きく変わる。

ケースa:処遇が高い会社(旧A社)に合わせる場合

 「人件費上昇リスク」は大きいが、「法的リスク」はない。「モチベーションリスク」は、旧B社の従業員はほとんど発生しないが、旧A社の従業員は大きな不公平感を抱く可能性がある。(旧B社の従業員の人件費上昇分を、旧A社の従業員も負担することになるため)


ケースb:処遇が低い会社(旧B社)に合わせる場合

 「人件費上昇リスク」は回避できるが、旧A社の「法的リスク」と「モチベーションリスク」が非常に大きく、現実的にはかなり難しいシナリオとなる。なお、「運用リスク」については、人事制度が統合されるため、さほど大きくないと想定される。


シナリオ3:どちらかの会社の制度をベースに、一部を変更する

 シナリオ3は、上記シナリオ2のケースaまたはケースbをベースにして、リスクが現実的なレベルになるまで制度変更を加えていく方法である。例えば、総合的な処遇水準が旧A社と旧B社の中間に近づくように、両方の制度を部分的に組み合わせていく(給与制度は旧A社、退職金制度は旧B社に合わせる、など)。そうすることで、「人件費上昇リスク」と「法的リスク」のどちらも中程度に抑えられ、旧A社の「モチベーションリスク」も一定程度軽減できる。ただし、このように両社のバランス調整を重視しすぎると、統合後の人事制度に一貫性がなくなり、また、運用が複雑になることから「運用リスク」は大きくなると想定される。

シナリオ4:新しい人事制度を構築して乗せ替える

 シナリオ4の特徴は、リスク対策の自由度が大きい点にある。新制度の内容次第で「人件費上昇リスク」「法的リスク」「モチベーションリスク」のバランスをコントロールできる。ただし、シナリオ4の難点は、新制度を構築して乗せ替えるまでに時間を要する上、旧A社と旧B社の双方にとって新しい人事制度となるため、「運用リスク」を軽減するための工夫が必要となる。なお、シナリオ4を選択肢として検討する場合には、M&Aの初期段階から4つの人事リスクを詳細に検討しておくことが必要となる。

ステップ3

 最後に、自社のM&Aや組織再編の目的に最もフィットした人事制度統合シナリオを選択し、それを実行していく。その際には、上記4つのリスクだけでなく、M&Aを実行するまでのタイムラインや統合後のシナジー創出までの時間的猶予も考慮する必要がある。統合までに時間的な猶予がなければ、スピード優先で買収側の人事制度に片寄せすることになるだろう。一方、統合までに時間的余裕があり、両社関係者間で十分に協議を尽くしながら人事制度統合を進められるのであれば、シナリオ4を採択し、ゼロベースで統合会社の“あるべき人事制度”を構築していくことが最も望ましいだろう。

 シナリオ4であれば、両社従業員に対して「新たな人事制度のもとで統合会社はスタートを切ることになった」との宣言ができる。これまでの著者の経験から申し上げれば、統合までに1年あればシナリオ4の選択は十分可能である。

まとめ

 以上、第3回では「人事制度統合のポイント」について解説した。次回は、上記シナリオ4のケースを取り上げ、ゼロベースで人事制度統合を行う際のより詳細な進め方について解説したい。

桐ケ谷優(きりがや まさる)

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クレイア・コンサルティング株式会社執行役員COO。

1972年生まれ、慶応義塾大学文学部卒。人材ビジネス企業のパソナ、外資系コンピューターメーカーのデルにて 計 8 年間現場人事の経験を積む。その後、国内系人事コンサルティングファームを経て、02年クレイア・コンサル ティングに入社。総合商社、電機メーカー、エアライン、百貨店、ITベンチャーなど、幅広い業種・業界を対象 に人事制度の設計・導入や人材育成体系の構築等を手がけるほか、セミナー講演や雑誌への寄稿なども行う。

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