マーケティング・シンカ論

CMに登場したタレントが話題になったのに、大手企業の幹部が“がっかり”した理由あるべき広告戦略とは(3/4 ページ)

» 2022年01月19日 05時00分 公開
[佐久間俊一ITmedia]

再評価すべき2つのCM

 ここで具体的な事例を紹介したいと思います。DVDを手掛けるマクセルのCMです。

 10年以上前、各社はDVDの「大容量」「高速録画」「安さ」をアピールし、激しい競争を繰り広げていました。

 通常であれば、競争に勝つためにマクセルも類似した訴求ポイントでCMを作ってしまうことでしょう。

 しかし、CMのクリエイティブディレクターを担当したサトー克也さんはそうしませんでした。

 サトーさんは「ココロも満タンに コスモ石油」や大塚食品の「クリスタルガイザー」など、消費者の心に響く広告を数多く手がけられてきた日本を代表するクリエイティブディレクターです。

 サトーさんはマクセルからDVDの広告の依頼を受けたときこう考えたそうです。

 「DVDの持っている商品の価値や意義とは何であろう。大容量とか高速録画だけではないのではないか。人の思い出とか、二度と見られないシーンとか、その時その場所にしかない感情とか、そういうことを記録して10年後20年後にも感動を伝えることができる。それがDVDという商品の価値ではないか」

 そしてこうもおっしゃっていました。

 「私はこの広告で、マクセルで働いている人たちに、自分たちが作っている商品に誇りを感じてほしかった。特に工場で働いている人たちに、あなたたちの仕事は流れ作業ではなくこんなに意味のあるすてきなものを生み出しているんだってことを感じてもらいたかったんです」

 そして作られたCMがこちらです。

 このCMは、2007年に公開されました。そして、ACC賞という日本最大級のアワードでグランプリを受賞しました。廃校になる小学校の最後の7日間というリアリティーを記録したもので、タレントは一切出てきません。著名ミュージシャンの音楽が流れるわけでもありません。卒業式を控えた3人の女子生徒、教師、地域住民の姿が“ありのまま”に描かれています。心に響くインパクトを備えており、DVDの意義を再確認させてくれます。

 CMには、斬新さ、派手さ、サプライズなどが求められることももちろんあります。しかし、それは、マクセルのCMが象徴するような「ブランドの軸」や明確な「事業の意義」が前提として必要になるのではないでしょうか。

 別の切り口から、事業の意義について解説しましょう。岩手県の音楽教室「TOSANDO music」のCMです。

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 息子の披露宴でサックスを演奏したいと考えた父親が、音楽教室に通う姿などが描かれています。「TOSANDO music」を運営する東山堂は、このようなブランディング映像を複数展開し、合計500万回以上再生されています。家族になるお嫁さんに向かって、面と向かって「家族になろうよ」と話せないお義父さんの不器用さが演奏の良さを更に際立たせています。映像の最後にはコンセプトワードである「音楽は、言葉を超える」が登場します。まさにこれこそが、音楽教室の醍醐味なのではないでしょうか。音楽教室の存在意義を大変上手に表現されている良例です。

 マクセル、TOSANDO musicともに、これらの映像が「いつ作られた」ということが重要なのではありません。「いつの時代にも必要な要素」を備えていることが、学ぶべきポイントです。

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