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JAL菊山英樹専務に聞く コロナ後の「国際線回復の切り札」日本航空の行方【後編】(1/2 ページ)

» 2022年03月09日 05時00分 公開
[中西享, 今野大一ITmedia]

 苦しい経営環境の中で、日本航空(JAL)は2023年4月から国内線に新運賃制度を導入する。これに加えて、国際線専門の格安航空(LCC)、ZIPAIR(ジップエア)Tokyoの就航路線を拡充したり、Eコマースなど非航空分野へ積極的に進出したりするなど、ポストコロナを見据えた布石を打ってきている。

日本航空(JAL)は2023年4月から国内線に新運賃制度を導入する(同社提供)

 菊山英樹専務インタビューの前編【「希望退職を募集することになったら、私はJALを辞めます」 日本航空・菊山英樹専務】では、JALの現状について聞いた。後編ではコロナ禍を克服した後の経営戦略を聞く。

菊山英樹(きくやま・ひでき)1983年に入社、2010年に経営企画本部副本部長、12年に路線統括本部国内路線事業本部長、16年 に取締役路線統括本部長、20年4月から代表取締役専務執行役員・財務経理本部長。61歳。石川県生まれ

ZIPAIRはゲームチェンジャーになり得る

――2023年4月から新しい国内運賃を導入します。その狙いは。

 この新運賃導入には、実は深い経緯があります。2017年に根幹となる旅客システムを刷新しました。それまで50年間も同じシステムを使ってきました。かなり古いシステムを使っていたので、率直に言って早く更新したかったのですが、経営破綻のため資金を得られずに更新が遅れていました。

 破綻後の12年に更新する決定をしたものの、その後に紆余曲折があり、当初の見通しとは全く違う開発工程をたどりました。規模も変わって、結果的に完成したのが17年です。800億円ほどかかり、アウトソーシングする形で、主要航空会社の多くが使っている旅客システム「アマデウス」を導入しました。

 その時に感じたのは、国際運賃はグローバルスタンダードに近い一方、国内運賃は特殊な競争環境にあることもあってガラパゴスな運賃体系になっていることです。JALの場合だと「先得」「特便」といった非常に細かく、しかも便別に運賃が異なるなど複雑な運賃体系になっていました。

 国際運賃は、路線ごとに大まかに需給に応じてフレキシブルにしています。一方、国内運賃は細かいメッシュ状になっていて多くのルールに縛られています。

 今回の新運賃は大きくまとめると、2種類にしています。需給に応じてお客さまに最も得になる運賃を提供できるようにしました。収支的にも前の運賃体系と比べて最も効率的にできたと思います。

シンプルでわかりやすい運賃ラインアップに(以下リリースより)

――新運賃は乗客にとって、どんなメリットがありますか。

 分かりやすくなったと思います。これまでは往復割引運賃の割引率が決まっていました。一方、新運賃ではその時の需給に応じて割引率が変わります。マイレージを使う特典航空券についても、これまでは繁忙期には取れなかったものが、より多くのマイレージを提供してもらえば席を用意できるようにしました。その時の需給関係によって、フレキシブルに対応できるので、お客さまにとっては、より納得感のある運賃で提供できると思います。

 こうした運賃は国際線ではすでに取り入れているシステムですが、ようやく国内線が追いついた形です。

運賃額変動のイメージ
乗り換え運賃の設定イメージ

――今回の旅客システムの刷新は、自前のシステムでなくアウトソーシングしたことによって固定費だったものを変動費に置き換えることができました。収益面での貢献にもつながったのでしょうか。

 自前のシステムだと固定費になります。一方、アウトソーシングすると利用料になるので、変動費にできます。この変動費は搭乗者数により変わってきますが、コロナ禍で大幅に利用者数が減少したので、結果的に変動費を大幅に減らせました。こんなに早く変動費にしたメリットが得られるとは思っていませんでした。

 今から思うと、17年のタイミングで旅客システムを刷新して本当に良かったと思います。今後はポストコロナで国際線と国内線の乗り継ぎも増えると思います。そういう時の接続を含めた運賃収支の管理は、国際・国内の同じシステムであれば容易になると思うので期待しています。

――ZIPAIR Tokyoが21年12月にロサンゼルス路線を新設しました。将来の展望は。

 コロナ禍前のJAL国際線の年間利用率(ロードファクター)は、特典航空券のお客さまを入れると90%を超えていました。このため繁忙期は特典航空券の席は空いていない状況でした。

 会社は「これは絶対に取り漏らしている利用客がいる。特にミドルイールド以下の客層がいる」と確信していました。一方、ハイイールドの客層が中心のJALのコスト構造では賄(まかな)えない部分もあります。そこを当時、LCCという機材を使って最大限コストを下げられる仕組みにすれば、この客層を獲得できるのではないかと議論していました。

 18年ごろに検討していた社内の議論で、私はこの見方には懐疑的だったのですが、いまとなってはZIPAIR Tokyoの設立を会社が決断していて良かったです。

 コロナ後には需要構造の変化が出てくるので、ビジネス需要を100%戻すのは厳しいかもしれません。観光系の需要はこれだけ長く身動きできないでいるので、気持ちの上で出掛けたい人の数は従来の比ではないと思います。その需要をつかむためにはZIPAIRはもってこいだと思います。ポストコロナの需要構造を考える上で、このLCCはカギになると思っています。

 国際線の需要が2割も戻ってない今の段階でこういうことを言うのは、大げさに聞こえるかもしれませんが、確実にゲームチェンジャーになり得ます。

 日本からロサンゼルスまでの太平洋を飛ぶLCCはZIPAIRが初めてです。これを実現するためにソウルやバンコクで実績を積み飛べるようになりました。JALだと収益が出せない路線でもZIPAIRならば収益が出せる路線は大いにあると思います。

――JALの乗客と競合する恐れはないですか。

 JALとZIPAIRでは客層が違うので競合はしません。また戦略としても、JALとZIPAIRのブランドは明確に分けるべきだと思います。LCCだと、どうしても「安かろう悪かろう」というイメージになりますが、ZIPAIRの787の普通席の場合は座席の配置が横1列に9席です。ほかのフルサービスキャリア(FSC)の主要航空会社は9席なので、LCCであるにもかかわらずFSCと同じようにリラックスして乗っていただけます。なお、JALの787は8席です。

 さらに前方に配置しているアッパークラスの座席はフルフラットに倒せるのでゆったりできます。今の段階ではLCCの利用客は少ないものの、将来の需要は思った以上に大きいと予想しています。

――LCC便は定時就航の比率が低いのでビジネスには使いにくいとよく言われます。ZIPAIRは、その点は心配ないですか。

 ZIPAIRの機材はB787を使うため、各空港にあるJALのリソースを共用して使うことができます。例えばロサンゼルスだとJALの整備設備などが使えます。その点で独立系のLCCとは違いますので、定時性は確保できると思います。

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