桜井氏は、給与の額が「全てだとは思わない」と断りつつ「企業や職業における社会的評価の物差しの1つだと考えている。処遇を厚くすることで酒造りに関わる社員一人一人が自身の仕事にプライドを持ち、より上を目指すためのモチベーションにつながる」と説明する。
現在、同社の総売り上げにおける人件費や教育、挑戦を後押しするための費用は約4%。日本酒業界では高い部類に入るそうだが、これを「今後、10%程度にまで上げていく」という。まさに、業界ではトップクラスの処遇を目指すことになる。
ただ、新卒社員が成長することでもたらされる成果と、今後の売上増がうまくリンクして思惑通りの展開になるという目算はあるか、という問いに対し、桜井氏は「実は、えいやっ! で決めた部分もある」と胸の内を明かす。
「えいやっ!」という思い切った物言いに驚かされると同時に、採用計画も大胆だ。「現在、230人程度の社員がおり、そのうち約130人が製造に関わっている。今後、3〜4年をかけ製造部門を対象に約100人の増員を考えている」と語る。
経済全体が低迷するコロナ禍においてすら売り上げを伸ばし、海外でのさらなる躍進が期待できる同社だからこその大胆な経営判断であろう。
同社は、平均で毎年約5%のベースアップを目指すという。それはつまり、時代の趨勢(すうせい)に逆らうように、年功序列型の賃金体系を維持するということを意味する。これまでに360度評価など成果報酬型の評価システムも検討したというが、前述のように酒の原料に五感を傾け、時間をかけて丁寧な酒造りを行うといった同社の考え方に成果報酬型はそぐわないと判断したそうだ。
また、評価システムを運用するにしても評価者には一定のスキルが求められ、一定のヒューマンリソースの投入が求められる。「当社の規模において、評価が目的となってしまっては本末転倒。シンプルなベースアップ型を基本にして全社一丸となって上を目指す」という判断だ。
また、「獺祭は、連綿として受け継がれてきた酒造りの歴史のなかで、イノベーションを起こした結果生まれた商品。酒造りは今後もさらに進化する余地がある。成果報酬型を導入することで、失敗を恐れて各人がチャレンジしなくなっては、強みが生かせない」とも付け加える。
新卒の社員は、各現場を回ることで経験を積み、OJTでスキルを磨くことになるという。「酒造りの作業は、前後の工程が密接に関係しているので、各部を回ることで仕事を体系的に覚えてもらう」そうだ。
例えば、2015年入社で32歳の副醸造責任者の場合、発酵管理課に2年、洗米・釜・上槽・麹室の作業工程で2年、そして再度、発酵管理課を経て副醸造責任者に就いている。彼は、約7年かけ一通りの生産工程を経験することで、現場のリーダーに成長したというわけだ。
同社は、今後も積極的な海外チャレンジを行うという。18年のフランスへの進出に続き、22年秋には米国のニューヨーク州に酒蔵をオープン予定だ。桜井氏は「ニューヨークは赤字覚悟です」と笑うが、その目の奥には、良質な人材を育てさらなる高みを目指す経営者としての決意が垣間見える。
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