日本酒の有名ブランド「獺祭」の蔵元である旭酒造が、製造部配属の大卒新入社員の基本給を、従来の月額約21万円から30万円に引き上げることを決めた。また今後、5年で「平均基本給倍増」という目標を掲げ、製造部門社員の給与を毎年ベースアップしていくという。
日本酒造業界では破格ともいえる処遇を打ち出した背景には何があるのか。代表取締役社長の桜井一宏氏に狙いを聞いた(コメントは全て桜井氏)。
「倍増」の理由について桜井氏は開口一番、「酒造りの根幹は人にあり」と切り出した。
前期決算で約140億円の売り上げを達成した同社だが、「獺祭」の積極的な海外展開を実施した結果、「海外の売り上げが国内を越えた」という。「今後、さらなる成長を目指す。そのためには、世界のさまざまなライバルと異種格闘技戦を交えていく覚悟が必要だ。日本酒としての味を徹底的に追求して進化させ、常に最良の味にしたい」とし、製造部門に優秀な人材を集めることが必要だと力説する。処遇の改善は、そのための先行投資という位置付けだ。
同社の酒造りに対する姿勢や考え方を知ると、人材に投資する理由が腑に落ちる。「獺祭」がヒットした要因の一つに、同社が進めてきたデータドリブンな生産管理がある。最高峰の酒米「山田錦」による純米大吟醸の「フルーティ」「雑味がない」という特長に徹底して磨きをかけるために、杜氏(とうじ)による昔ながらのKKD(勘・経験・度胸)に頼った酒造りからの脱却を進めてきた。データに基づいた生産を実施することで、良質な日本酒を産みだし、現在の地位を確立した。
ただ、データドリブンといっても、最新のスマートファクトリーに取り入れられているようなIoTやAIによるデジタルツイン化された手法とは一線を画す。「酒造りの根幹は人」と前述したように、センシングされた数値を読み解き現場の作業にフィードバックするのは製造に関わる人間だ。
精米、洗米、蒸米、麹(こうじ)造り、発酵、絞りといった生産工程における各種センサーが記録するデータから、原料、麹、醪(もろみ)といった製造過程の材料や原酒が現在どのような状態であるかを担当者が把握し、温度や作業のタイミングなどを徹底管理することで、酒の味に磨きをかけている。
「われわれが導入可能な現状の技術では、酒造りの過程で必要とされる作業を機械化することは難しい。人間が手を動かしながら五感を研ぎ澄ませて行う作業とセンサー類で取得したデータをリンクさせながら、日々、品質の向上をめざし、味の探求を行う」と生産に対する考え方を熱く語る。
昔ながらの経験と勘に頼るのではなく、データを読み解き、改善、課題解決、向上のヒントを見つけ、地道ながら確実に前進する素養を備えた人材を求めているというわけだ。
そのような社員を育てるためには、処遇を厚くすることで全国から優秀な人材を集める必要がある。実際、近年の新卒採用実績を見ると、地元の学校だけでなく、全国の学校から人材が集まっている。
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