裁判結果が話題 「会社に貢献できない人はクビ」と主張する外資企業のウソ・ホント裁判から「解雇」の誤解を紐解く(5/5 ページ)

» 2022年04月08日 05時00分 公開
[新田龍ITmedia]
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 労働問題に関する訴訟対応経験も豊富な、アクト法律事務所の安田隆彦弁護士は次のように指摘する。

 「外資系企業と日本企業における雇用慣行の差異については、当面裁判所でも論争になるでしょう。日本の厳格な整理解雇の4つの要件も簡単には変わらないので、外資系企業も、日本の解雇条件や実態を勉強してから乗り込んでくるべき。今般のバークレイズ証券は、そこを怠っても大丈夫だとの慢心があったのかもしれません」

「解雇のしにくさ」は「採用のしにくさ」にもつながる

 わが国には法律と判例によって規定された確固たる解雇のハードルがあり、多くの企業ではその枠内で努力・工夫し、雇用維持を行っている。同社がグローバル企業として整備しておくべき職務定義や日常の評価をおろそかにし、恣意的な解雇をしておきながら「外資系の雇用慣行は違う」と主張したところで、当然通るはずもないだろう。

 しかし、今般の判決は「グローバル市場における日本の雇用」を考える上では貴重な機会であったともいえる。

 もちろん、日本に進出してきた企業であれば、日本の法律慣行を守るべきであることは確かだ。しかし、本連載で過去にも解説した通り、現在わが国の標準となっている、いわゆる「メンバーシップ型」の雇用慣行を採り入れているのは世界を見渡しても日本だけだ。むしろ日本企業であっても、グローバルに展開し、海外売上高比率が高いところは、グローバル標準である「ジョブ型」雇用を積極的に採用しつつある。少子化が進むわが国において、グローバルレベルでの優秀人材確保のためには、法律や慣行を機動的に見直していかねばならない面もあるように思える。

【過去記事(1)】すぐにクビ? 休暇が充実? 日立も本格導入の「ジョブ型」 よくある誤解を「採用」「異動」「解雇」で整理する

【過去記事(2)】日立、富士通、NTT……名門企業がこぞって乗り出す「ジョブ型」、成功と失敗の分かれ目は?

 今般のケースのように、高額報酬で迎え入れなければならない優秀で希少な人材がいたとしても、仮に採用後となってミスマッチが発覚したり急激な市況・業績変化があったりすることを想定すると、「解雇のしにくさ」は採用の大きなボトルネックになるだろう。「解雇したらトラブルになる」ことがほぼ確定している場合、雇用側にとってはリスク要因となり、高い報酬を設定すること自体をためらうことにもなりかねない。付加価値が高いゆえに高報酬を用意している外資系企業が、わが国で高報酬ポジションの採用を避けることになるかもしれず、バークレイズ証券の言い分もあながち言い訳ではなくなる未来もあり得る。

 外資系企業のクビ(=退職勧奨)は、辞めた人を受け入れる別の企業が存在するという流動性があって初めて成り立つ側面もある。解雇が難しいとなると、必然的に「絶対に間違いない人しか採用しない」こととなり、採用ハードルが上がり、流動性が低くなるリスクもあるだろう。とすると、結果的に解雇しやすい非正規雇用や派遣社員が増加するだけとなる。政府が目指す方向性とは真逆となるわけで、世界から優秀人材を集めて付加価値の高いビジネスを実現するためにも、実情に合わせた雇用制度の変革が望まれるところだ。

著者プロフィール・新田龍(にったりょう)

働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役/ブラック企業アナリスト。

早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。労働環境改善による企業価値向上のコンサルティングと、ブラック企業/ブラック社員関連のトラブル解決、レピュテーション改善支援を手掛ける。またTV、新聞など各種メディアでもコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員も務める。著書に「ワタミの失敗〜『善意の会社』がブラック企業と呼ばれた構造」(KADOKAWA)、「問題社員の正しい辞めさせ方」(リチェンジ)他多数。


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