黒海に話を戻す。冷戦が終わると、ロシアの影響力は低下し、ウクライナやジョージアのような黒海周辺の国々も独立を果たした。ルーマニアやブルガリアなどは、NATOだけでなく欧州連合(EU)にも加盟している。
これはつまり、冷戦後の時代に入ると黒海の半分は「NATOの海」になったということだ。見方を変えれば、14年のクリミア半島侵攻から今回のウクライナ戦争に至るまでのロシアとNATOの争いは、陸上での領土争いということ以上に、黒海を巡る勢力圏争いでもあったということだ。
そしてロシアは、今回の戦争で、ソ連時代の黒海のコントロールを、一時的にせよ復活させたと言える。
米海軍出身の戦略家JCワイリーは、かつて戦略の最大の狙いは、相手に対していかに優位な状況を確立できるか、つまり「コントロールできるかどうか」であると説いた。
単純な「戦場での勝利」ではなく、それを含めた状況での優位の確保が、戦争の勝利だけでなく、その後の平和の構築や維持においても決定的に重要であると見抜いていたからだ。
これを現在行われている戦争に当てはめて考えると、ロシアとウクライナ(NATO)の最大の争点のうちの一つは、もちろんメディアで注目されているような東部ドンバス地方の陸上戦闘でもあるのだが、それ以上に「誰が黒海の海上ルートをコントロールするか」にあるとも言える。
この考え方は、そのまま日本にも当てはめて考えることができる。例えば、日本経済の動向に直結する海域や海上ルートとしては、黒海よりも潜在的なインパクトの大きいペルシャ湾や南シナ海が挙げられる。こうした海域が、誰によってコントロールされるかというのは、軍事的にも商業的にもそこを利用する国々にとって致命的に重要なのだ。
軍事でも経営でも「ルートをコントロールすること」の重要性は共通しているのである。
1972年9月5日、神奈川県横浜市生まれ。国際地政学研究所上席研究員。
2002年ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)地理・哲学科卒業。11年レディング大学(英国)大学院戦略研究学科博士課程修了、博士(戦略学)。地政学や戦略学、国際関係などが専門。レディング大院では戦略学の第一人者コリン・グレイ博士(米レーガン政権の核戦略アドバイザー)に師事した。現在は政府や企業などで地政学や戦略論を教える他、戦略学系書籍の翻訳などを手掛ける。
著書に『地政学:アメリカの世界戦略地図』(五月書房)、『世界を変えたいのなら一度武器を捨ててしまおう』(フォレスト出版)、監修書に『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)、訳書にクライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(飛鳥新社)、『ルトワックの“クーデター入門”』(芙蓉書房出版)など。
ニコニコ動画やYouTubeで地政学や国際情勢に関するニュース番組「地政学者・奥山真司の『アメリカ通信』」(毎週火曜日午後8時30分〜)を配信中。
Twitter:@masatheman
ブログ:「地政学を英国で学んだ」
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