日産SAKURAに補助金100万円? 期待の軽BEVを潰す、無策な補助金行政池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)

» 2022年06月20日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

工場と販売現場に需要の変動を招く補助金

 さて、現状を再確認しよう。概ね300万円のクルマに110万円の補助金が付いている。これは常識的に考えて異常な水準である。財政面の問題ももちろんだが、それ以上に軽自動車BEVというジャンルを潰しかねないリスクがある。それをここから説明する。

 問題点は2つある。第1に、補助金の出口政策の問題だ。国の補助金も都の補助金もそれぞれ予算の天井がある。そこを越えてどこまでも拠出できるわけではない。しかし、こういう成り行き任せのやり方だと、メーカーに多大な負担がかかる。

SAKURAの室内

 本来軽自動車BEVという、社会に好ましい事業を応援するのが補助金である。しかし今回のSAKURAのように、一斉に注文が殺到したらどうなるか。補助金には予算限度額があるので、使い切ったらその年度は打ち切られる。補助金に間に合うように、自動車メーカーは必死に増産しないと注文に追いつかない。人員も補充するし、場合によっては設備投資も必要だ。しかし補助金が出なくなった途端に110万円も高くなったらどうなるか? 補助金が無くなった途端それらは宙に浮く。本来製造業は安定した需要が継続的に続くのが望ましい。

 自分自身の身に擬(なぞら)えても分かるはずだ。例えば6月の1カ月間は、休みもなく死ぬほど働かされて、翌月の7月は仕事がないから出社に及ばず。月給制なら残業代が減るくらいだが、これが歩合給だったら堪らない。

 補助金は全体をじんわりと底上げする程度で留めておかないと、こういうオンオフを急激に繰り返す形になってしまう。需要が爆発するほどの補助金など外道もいいところだ。

 あるいは、そういう問題が表面化して、補助金の天井を引き上げて打ち切りが伸びたとしよう。だとしても、商用・乗用を併せてざっくり年間販売台数200万台の軽自動車の半分がBEVになったと仮定し、それら全てに100万円の補助金を付けたら予算は年1兆円掛かる。そんな額を支給できるとは思えない。どうしたって、どこかで出口戦略が必要だ。

 ではとりあえず100万円と見なして、急激なショックを緩和するため、20万円ずつ5回に分けて補助金を減らしていくとしよう。4月と9月の年2回、2年半を掛けて離脱する。この場合何が起きるか? 役所の補助金は当然だが期日に厳しい。1日や2日遅れてもまあ良いでしょうなんてことにはならない。3月末日までに登録しないとならないとすれば、その手前で、製造現場はデスマーチになる。大増産を掛けて間に合わせなくてはならない。

 一方販売店は万が一期日までにナンバーが付かないと、大トラブルになることは見えている。だから早めに3月末納車の予約を打ち切るだろう。それを知らずにやってきた客は当然ゴネる。ゴネられてもどうにもならない販売現場はひたすら平身低頭するしかない。製造現場も販売現場もデスマーチの後、4月1日以降は、ピタッと受注が止まる。そしてまた8月末に向けてデスマーチが繰り返される。これが本当に伸ばしたい産業に向けた助成事業の形だろうか?

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