さらに、大老となった直弼には、朝廷との折衝という厄介な課題に日々頭を悩ませられていました。断りの文句が、江戸では「一昨日来やがれ」、京都では「またおこしやす」とやんわりと変化するなどと言われています。その真偽はさておき、前提とする文化的な文脈が異なると言葉を自分が含意する額面通りには受け取れないというコミュニケーションの問題に直弼が悩まされていたことは間違いありません。
リモートでもこれまで対面してきた時の経験を加えて、その人がどんなニュアンスで話しているかを補えるから自信をもってコミュニケーションができるのでは、と先に申し上げました。直弼の時代ならば、同じ文化的な文脈に属していれば、自信をもってコミュニケーションができたことが、違う文化的な文脈に属する人々に対してコミュニケーションしなければいけなくなると困ったような事態が、今の時代には、リモート会議の場で頻繁に起きていると言うこともできそうです。
コミュニケーションに困った時に、頼りになるものとして人間が無意識に参照するのは、相手の身体的な反応です。一人茶会を思い起こす直弼の脳裏では、そこまで再現されていたのではないかと思います。
推測というか妄想を膨らませすぎてしまいました。妄想にふけったのは、非言語的な読解能力は、まだ、人間にテクノロジーがが追い付けない能力といわれているからです。
直弼の時代よりもさまざまな技術が発展した現代では、発言を思い起こすといっても、音声的な記録を保存、再生するという観点からすれば、人間は、テクノロジーにかないません。AIが人の仕事を奪うと言われる時代において、言葉にならない言葉を感じ取る能力を磨くことこそ、人間の努力の余地があることではないかと考えます。
1958年、東京生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。大日本茶道学会会長、公益財団法人三徳庵理事長として茶道文化普及に努める傍ら芸術社会学者として茶道文化を研究、茶の湯文化学会理事。(本名 秀隆)。著書に『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『お茶と権力』(文春新書)、『岡倉天心『茶の本』をよむ』(講談社学術文庫)、『千利休 「天下一」の茶人』(宮帯出版社)『お茶はあこがれ』(書肆フローラ)、『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版)他。
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