日立ハイテクが運営するWebメディア『minsaku』で連載された、ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の「TOKYOオリンピック2020と技術レガシー」では、AOKIの公式ユニフォームについても紹介されており、そこでは若かりし日の青木前会長が1964年の東京五輪を観戦した際に、「いつか商売を成功させて、オリンピックの審判団の服を作りたい」という思いを抱いたことが紹介されている。
『決勝の後、席を立つ観客もいたが、青木は審判団を見ていた。いや、審判が着る制服と帽子をじっと見ていた。
「スマートで、かっこよかった。オレは今は行商だ。だが、いつか商売を成功させて、オリンピックの審判団の服を作りたい」』(参照リンク)
断っておくが、このような夢を持つことが悪いことなどと言っているわけではない。これがAOKIを一代であれほど大きくさせた原動力のひとつになったわけなのだから、1964年の東京五輪は、当時の日本人に「夢」を抱かせる有意義なスポーツイベントだったのだとも感じる。
が、その「夢」への強すぎる思いが、経営者としての目を曇らせてしまったのではないか、と指摘したいのだ。
ここまで紹介したように、五輪にはその国が抱える構造的な不況を解決させるような神通力はない。そこにいくら大金を突っ込んでも利権を握る一部の人々が潤うだけで、国民の生活は豊かにならない。1964年のときのように、スポンサー企業が五輪をきっかけに急成長なんてムシのいい話もない。
青木前会長のような有能な経営者がそれを分からないわけがない。にもかかわらず、あのように「うまみ」もない、リスクしかないような「汚職」に手を染めてしまった。「夢」への強い執着が状況判断を狂わせたとしか思えない。
今回の事件からビジネスパーソンが学べることは、五輪、万博、IR(カジノを含む統合リゾート)、さらには経済安全保障なんていう「巨大利権」にいっちょかみをしたところで、苦労の割にはそれほど大もうけはできないということだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング