自治体DX最前線

自治体の8割が「DX未着手」 農業DXに全力投球の姫路市、頭角を現すか自治体DX最前線(2/3 ページ)

» 2022年10月05日 07時30分 公開
[渡辺まりかITmedia]

農業分野のデジタル人材を育てる3つの柱

 「農業を持続可能なものとしていくには、データやIoT機器の活用が欠かせない」とする一方、「農業を意識したプログラミング教育などに今まで取り組んでこなかったため、農業分野のデジタル人材が不足しているのが現状」と柿本氏は分析する。

 そこで姫路市が20年に始めたのが「スマート市民農園事業」だ。内閣府の地方創生推進交付金を活用し、農業分野におけるデジタル人材の育成を目的としたプロジェクトになる。(1)農業用ロボット「FarmBot」を活用して身体障害者などに農業体験を提供する事業、(2)小学生親子などを対象とした農業版STEAM教育事業、(3)全国の高校生・大学生などを対象としたアグリテック甲子園事業を柱に据えた。

photo 市民農園「仁色ふるさと農園」などに農業用ロボット「FarmBot」を導入した

 まず、スマート市民農園事業の肝となる農業用ロボット「FarmBot」から紹介したい。小型の跨線式クレーンのような形をした3軸の直交ロボットで、Z軸の下端に交換可能なヘッドが付いている。ヘッド近くにはカメラが取り付けてあり、農地やロボットの現状把握に役立つ。ヘッドを交換することで、地中の水分の計測、種まき、水やり、雑草除去といったこともできる。

 姫路市はFarmBotを13台導入。市民農園「仁色ふるさと農園」に10台、書写養護学校に1台、姫路工業高校に1台、飾磨工業高校に1台導入した。導入先の選定理由については(2)農業版STEAM教育事業に関連する部分もあるので、後述する。

 FarmBotは、農業版STEAM教育でも活躍する。小中学生へのプログラミング教育としてFarmBotの仕組みは使いやすく自由度も高い。

 遠隔操作もできるが、シーケンスを組んで自動で稼働させることもできる。農業のノウハウを身に着けながら、プログラミングも鍛えられるという、まさに農業版STEAM教育にぴったりな教材なのだ。

photo 書写養護学校でFarmBotを活用する様子

 ここで話を少し戻して、FarmBotの導入先選定について触れておこう。13台のうち1台は、障害を持つ児童生徒が通う書写養護学校の協力を得て導入した。FarmBotが近くにあれば、自分たちの取り組みの成果を実感しやすくトラブルにもすぐ対応できるという希望があったからだ。

 「農業は園芸療法に代表されるように何かしら障害を抱えた人の精神や身体によい影響を与えるといわれている。しかし、移動に車いすが必要だったり、そもそもベッドから出られなかったりといった重度の身体障害を抱えている人に対するものはなかった」と柿本氏は話す。

 では、身体に障害を抱える人はFarmBotをどのように活用すればいいのだろうか。柿本氏は、オリィ研究所による分身ロボット「OriHime」を活用した「分身ロボットカフェ」に着想を得た。家から出られない障害を抱えた人が、パイロット(OriHimeの操縦者)となり、ロボットを介して接客するというコンセプトのカフェだ。FarmBotを活用すれば、「分身ロボットカフェの農業版」が実現できるというわけだ。

 書写養護学校の生徒は、FarmBotを使った野菜の栽培方法を農業版STEAM教育のプログラムによりオンラインで学んでいる。ほとんどの農作業をPC操作のみで行えるのだ。ただし、収穫だけは手作業になる。車いすでは畑の中に入れないが、ひもを使うなど工夫して収穫作業を一緒にできるようにした。

 その結果、彼らに変化が生じた。自分たちが育てて収穫した食物を家族に食べてもらい、おいしいと感謝されることで、達成感や充実感を得られ、プログラミング教育などへのモチベーションが上がったという。

 市内の工業高校2校にはオープンイノベーションの一環として導入している。

photo 全国の高校生や大学生などを対象に「アグリテック甲子園」を開催している

 スマート市民農園事業3つめの柱は、アグリテック甲子園だ。全国の高校生や大学生などを対象にしたビジネスコンテストで、アグリテックに関連するビジネスアイデアを募集する。22年度のテーマは「10年後の農業にイノベーションをもたらすアイデア」だという。

 柿本氏はアグリテック甲子園について「姫路市内だけでなく、全国の優秀な学生たちに互いに切磋琢磨してほしい」と話す。「新規事業立案にチャレンジするのは社会人になってからでも遅くないのでは? と考える人もいるかもしれないが、社会人は収入を得るために働かねばならず、目の前の生活に追われてしまい目標達成にも時間がかかってしまう。資金面はともかく時間に余裕のある学生のうちに少しでも新規事業立案に関する知識や経験を身に着けてほしい」(柿本氏)

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