事業の方向性が固まると、まず実際にニーズがあるかどうかを把握するため、不動産売却の経験者や仲介会社へのヒアリングを実施。
不動産売却の経験者からは「担当者からの提案レベルに差がある」「不動産に詳しい知人に仲介会社の担当者を紹介してもらった」といった実情が分かった。一方、仲介会社からは「売りの情報は需要が高い」「集客手段としては一括査定サイトが主流なため、複数社との競争が前提となり顧客獲得の難易度が高い」という声が挙がった。
そして、ヒアリングから得られた情報をもとに、外部のパートナーとサービスのプロトタイプを作り、夏から秋にかけてPoC(概念実証)を実施した。当初は、先のヒアリング内容から売却側の需要が高いと仮説を持っていたものの、PoCでは売却と購入の両面で傾向を探った。その結果、仮説通りに売却側の需要の高さが浮かび上がったため、まずは売却のみに絞って事業化することにした。
「PoCにおけるユーザーさんや仲介業者さんの評価は上々でした。ただ、売却については信頼できる担当者に頼みたいというニーズが強い一方、購入については物件ありきで探している消費者が多く、仲介担当者も売却物件を起点に顧客を探す傾向があります。そこで、双方のニーズの高い売却から事業化することにしました」(落合さん)
PoCや関係者へのヒアリングなどの結果を基に提案したタクシエの企画は、会社や親会社である三菱地所の経営会議で承認され、21年12月に事業化が正式に決定した。事業化を実現させる上で、最も意識的に取り組んだのがグループ内の意思決定者とのコミュニケーションだった。
一般的に、新規事業は利害関係者全員の承認が得られないと実現しない。ましてやタクシエは全く新しい領域の事業だったため、早い段階から会議の場で定期的に進捗を報告し、その中で出てきた疑問点や課題については、PoCやヒアリングなどを通じてできるだけ答えを事前に集めて説明できるようにしたという。
「役員個々の気になるポイントも異なるため、最終ジャッジ手前のタイミングでは、この事業と特に関係性の近い役員には個別に時間を取ってもらい説明をしました。個別に想定される質問に対する回答の準備や、分かりやすい資料作りなどにかなり時間を掛けました」(落合さん)
経営会議用の資料では、分かりやすくするために説明ポイントを絞り本編を30ページ程度に収めた。その上で、質問が上がった際に対応できるように、根拠となるデータなどの詳細な資料を巻末に添付し、全体で60ページ程度にまとめた。提案の中で、最も説得力を持ったのがPoCによって得られたユーザーや仲介業者の声だった。
「誰もいない会社にいることはしょっちゅうありました(笑)。とはいえ、このビジネスモデルの可能性や、新しいチャレンジを任せられていることへのモチベーションがありましたし、上司や周囲のメンバーの協力や、役員が味方になってくれたこともあり、大変ながらも何とか乗り越えることができました」(落合さん)
翌22年1月に経営企画部内に準備室ができ、事業化のための準備をスタート。4月に新事業推進部として独立した部署となり、執行役員1人を含めた4人体制で事業が進められている。サービスは4月にモニター向けにローンチし、5月に一般公開した。
新事業推進部の4人は、落合さんやDXのスペシャリストである馬塲さんをはじめ、社内から選りすぐられたメンバーで構成されていて、会社を挙げて同事業を成長させていこうという意志がうかがえる。
「不動産市場の先行きが不透明な中、三菱地所リアルエステートサービスは長期経営戦略で『新たな収益源の創出』をテーマの1つとして掲げており、タクシエもその1つとして位置付けられています。新規事業の立ち上げの難しさは理解してもらっており、中核事業に育つよう期待されていることを感じます」(馬塲さん)
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