田園調布は本当に「オワコン」なのか 今あえて、「お屋敷街」に注目すべき理由かつては「住むことがステータス」だったが(4/4 ページ)

» 2023年01月27日 05時00分 公開
[中川寛子ITmedia]
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利便性より住環境、安全性という考え方

 一つは、リモートワークができる人であれば、住まいに利便性だけを求めなくてもよくなったという点だ。毎日の通勤が必要でなければ多少駅からの距離があってもよいし、坂があっても我慢できる。コロナ禍で通販が一般的になったこともあり、買い物は意外に障壁にならなくなりつつもある。それよりも住環境、眺望、広さその他を求めるとしたら、ちょっと不便な住宅街も選択肢に入ってくる。個人的にはお屋敷街と呼ばれる地域の多くが緑が多く、場所によっては桜並木があるなど歩いて楽しい場所であることも挙げておきたい。

 お屋敷街に注目すべき理由のもう一つは、戦前に開発された住宅地の大半は周囲から見て高台に立地しているものが多いこと。戦後の宅地開発では埋立て、造成が多く行われたが、戦前は主に自然地形を生かした開発が中心だったのである。

 それによって2つのメリットが生まれる。一つは眺望、採光、通風などの住環境に期待ができること。そしてもう一つは土地の改変による危険がなく、災害に強い土地である可能性が高いこと。

 地震、水害その他の自然災害が多発する時代であることを考えると、今後、住宅の安全性はより気にすべき点だろう。利便性を重視するなら、低地であっても駅近くがよい。しかし、前述したように社会が変化する中で、多少の不便はあったとしても安全性を意識するのもよいのではなかろうか。

ただし「お屋敷街=高台」ではない

 お屋敷街のメリットである「住環境」の一つとして、高台に位置する点があるが、戦前開発の住宅街全てが高台に位置するわけではないことは念押ししたい。例えば、1923年に京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)が分譲した川崎市川崎区池田京町(現在の京町)、平安町の区画。隣接する小田1〜2丁目に比べると整然とした区画がいかにも分譲地という印象の地域だが、鶴見川に近く、土地は海抜1メートルほどと低い。

 同じ地名を冠したエリア全体が高台とも限らない。例えば「代々木上原」と称されるエリアは特に女性に人気の高いブランド力のあるお屋敷街だが、お屋敷が並ぶエリアは大山町、西原3丁目、上原2丁目の高台の一部。同じ西原3丁目でも、代々木上原駅周辺はかつての川跡が暗渠として残されている低地である。高台エリアの中にも周囲と比して低くなっている場所もあり、お屋敷街=高台ではないのだ。

 知名度としては以前より落ちているとはいえ、当時の富豪たちが好んだ土地ということもあり、住環境としては魅力的なお屋敷街。成り立ちが古いことから、高齢化が周囲の地域より進んでいることもあるが、利便性から少々離れ、土地の歴史を調べながら、戦前に開発された住宅地に住むという選択肢も悪くないはずだ。

著者プロフィール

中川寛子(なかがわ ひろこ/東京情報堂代表)

住まいと街の解説者。(株)東京情報堂代表取締役。路線価図で街歩き主宰。

40年近く不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービス、空き家、まちづくりその他まちをテーマにした取材、原稿が多い。

主な著書に「解決!空き家問題」「東京格差 浮かぶ街、沈む街」(ちくま新書)「空き家再生でみんなが稼げる地元をつくる がもよんモデルの秘密」(学芸出版社)など。宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。


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