一方で、退職後となると、両義務とも、誓約書による合意など明示的な根拠が必要です。そのため先述したように、労働者には「職業選択の自由」が憲法(第22条)で担保されており、誓約書の定めがこの「職業選択の自由」を過度に制約するようなものとなっていないかどうかが問われます。過度に制約するものである場合には、誓約書自体が公序良俗違反として無効になると考えられるということです。
競業避止義務の定め(誓約書)が有効と判断され、競業避止義務違反を理由とした損害賠償請求が認められる場合には、どの程度の損害賠償を請求できるのか気になるところです。これは、会社に実際に生じた損害を検討することになります。
具体的には、
を検討することになります。
後者の無形損害については、競業行為の態様が極めて悪質であり、逸失利益ではまかなえないほどの実害を受けたような特段の事情がない限り認められないと考えられています。そのため、まずは前者の逸失利益について検討することになるでしょう。
逸失利益については、競業行為がなければ本来得られたであろう経済的利益を損害額として、例えば、売上高から経費を控除し損害発生期間を乗じるなど、最も実態に即した計算式で算出することになります。
このように、請求が認められるであろう損害賠償額については、個別具体的な事案ごとに、実態に即した根拠が必要です。そのため、一概に「○○円までの請求だったら認められる」などとは言えません。
さらに、競業避止義務違反を理由として、「退職金を減額する」あるいは「退職金を不支給にする」といった措置を検討することがあるかもしれません。その場合には、就業規則などにその根拠となる規定が必要であり、またその措置が相当とされるだけの労働者の非違、背信行為がなければいけません。
関連する裁判例としては、中部日本広告事件(名古屋高裁平成2年8月31日)があります。裁判所はこのとき、退職金が「継続した労働の対償である賃金の性格を有すること」を前提に、退職金不支給規定が効力を持つのは「退職従業員に、労働の対償を失わせることが相当であると考えられる程の使用者に対する顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である」として、労働者に退職金請求を認める判決を下しています。
まとめると、近年の裁判例は、退職後の競業避止義務の定めの有効性を厳格に判断する傾向にあります。退職後の競業避止義務の定めが有効と判断されるには、労働者の「職業選択の自由」に対する過度の制約とならないよう、競業禁止期間、競業禁止の地域、禁止される業務の範囲、禁止対象者の地位・役職、代償措置について考慮する必要があるでしょう。
大学卒業後、小売業の会社で販売、接客業に携わる。転職後、結婚を機に退職し、長い間「働く」ことから離れていたが、下の子供の幼稚園入園を機に社会保険労務士の資格を取得し社会復帰を目指す。
平成23年から4年間、千葉と神奈川で労働局雇用均等室(現在の雇用環境均等部)の指導員として勤務し、主にセクハラ、マタハラ等の相談対応業務に従事する。平成27年、社会保険労務士事務所を開業。
現在は、顧問先の労務管理について助言や指導、就業規則等規程の整備、各種関係手続を行っている。
顧問先には、女性の社長や人事労務担当者が多いのも特徴で、育児や家庭、プライベートとの両立を図りながらキャリアアップを目指す同志のような気持ちで、ご相談に乗るよう心がけている。
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