表1で示した企業に限らず、インフレ手当は一時金で支給するのが主流です。一時金の代表は賞与ですが、賞与はもともとインフレ手当的な性格を持っています。
賞与の源流が何であるかについては、江戸時代の商家で奉公人に支給されていた「小遣い」や「餅代」だとする説が有力です。しかし現代のビジネスパーソンに支給されているような、会社業績と必ずしも厳密に連動するわけでなく、安定的に支給される賞与のもとになったのは、終戦直後に支給された「インフレ手当」です。
政府が戦後復興のために復興金融債という債券を発行し、これの過半を日本銀行による引き受けで賄ったためにハイパーインフレが起こり、労働組合が「飢餓突破資金」「越冬一時金」などの一時金を要求し、経営側も「物価手当」「インフレ手当」などの名称で応えました 。
これをきっかけに賞与は経営側が恩恵的に支給するものから、労使間の協議事項、労働側からみればある意味「もらって当たり前」のものに性格を変えました。それが現在まで連綿と続いています。従ってこんにちの企業が、月例賃金ではなく一時金としてインフレ手当を支給することは意外なことではありません。
インフレ手当は今後どうなるのでしょうか。まず、物価が下がることによってインフレ手当が終了するということはないでしょう。物価は株価や原油価格とは違って、急激に上がったら反動で下がるというものではありません。
図2は消費者物価指数の推移を見たものです。狂乱物価と言われた、1970年代の石油危機のあとでさえ、物価は上がり方が鈍くなったのみであって、下がったわけではありません。2000年代には確かに物価は下がりましたが、これとて消費税増税後の反動減を除けば、最大でも年率で1%未満です。
従って既にインフレ手当を導入した企業は、何らかの形で支給を続けるでしょう。月例賃金として支給した企業は、やがて基本給に組み込むと思われます。一時金として支給した企業は、月割りにしてやはり基本給に組み込むことになるでしょう。
このように物価上昇→インフレ手当→いっそうの物価上昇→いっそうのインフレ手当→……というスパイラルが起これば、賃金は継続的に上がっていくはずです。
しかし実際にそうなるかどうかは分かりません。物価研究の第一人者である渡辺努・東京大学大学院教授によると、日本には
という「ノルム」(規範)があり、これらの存在によって物価も賃金も硬直してきました 。
このうち「値上げ嫌い」「価格据え置き慣行」「低いインフレ予想」は昨年来のインフレによって変化しつつあります。しかし「低い賃金上昇予想」だけは健在です。
渡辺教授が22年5月に実施した調査によると、日本人の9割が、1年後の自分の賃金について、変わらないか、下がると予想しています。半数近くの人々が、賃金が上がると予想し、実際に上がっている欧米とは事情が違います。インフレ手当ブームは一時的なもので終わる懸念も拭えません。
人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。
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