コミュ力、センス、アート思考……ビジネスパーソンを追い詰める「能力主義」の罠とは生きづらさの正体(1/5 ページ)

» 2023年02月18日 07時00分 公開
[濱川太一ITmedia]

 書店を見渡すと「〇〇力」とタイトルに付く本の多さに驚かされる。社会人が学ぶべき「コミュニケーション力」「人間力」「リーダーシップ力」――。“能力本”であふれる中、異彩を放つ本が昨年末、全国の書店に並んだ。タイトルは『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)。仕事ができないのは能力が低いから。センスがないのは自己研さんが足りないから――。著者で組織開発コンサルタントの勅使川原真衣(てしがわら・まい)さんは、そんな個人の能力に責任を負わせる「能力主義」の広がりに疑問を投げかける。

『「能力」の生きづらさをほぐす』の著者、勅使川原真衣さん(どく社提供、以下同。撮影:竹田俊吾氏)

 「私たちは能力論を振りかざされると、やけに内面化して悩んだり、新しい勉強を始めてしまったりする。でも、やればやるほど袋小路に入っていくのが、能力論の特徴だと思います」

 勅使川原さんは1982年生まれ。東大大学院で教育社会学を修了後、「BCG」「ヘイ グループ」などの外資系コンサルティング会社を経て2017年に独立。小学生と保育園児を育てながら、組織開発コンサルタントとして、企業や病院、学校などの組織開発を支援している。2020年、当時38歳のとき、乳ガンと診断され、現在闘病中だ。

能力は個人の所有物ではなく周囲との関係性次第

 勅使川原さんがコンサルタントとして長年感じてきたのが、定義不明の「能力」にからめとられる組織や個人の姿だった。「あいつは仕事ができない」「わが社に足りないのは〇〇力」などと語る経営陣。一方で、個人の側は「自分は能力が低いダメな人間」「尖りがなくて部長に向いていない」などと過度に内面に原因を求める。

勅使川原さんは「能力は個人が置かれた環境次第でいくらでも見え方が変わる」と訴える

 勅使川原さんが著書で繰り返し訴えるのは、「能力は個人が置かれた環境次第でいくらでも見え方が変わる」という考えだ。能力は個人の所有物であるかのように語られがちだが、仕事や周囲との関係性、相性次第で変化する。だからこそ、社員の配置転換などといった社内の関係性を絶えず調整していくことが重要だと指摘する。

 同著は発売1カ月で早くも重版が決まり、共感の輪が広がる。能力論は、かつて流行した「論理的思考力」(ロジカルシンキング)に始まり、近年は「美意識」「センス」「起業家精神」(アントレプレナーシップ)などといった言葉も登場する。

 能力論の“大洪水”の中で、同著を執筆した経緯、そして能力論の罠(わな)に陥らないための手立てを、勅使川原さんに聞いた。

       1|2|3|4|5 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.