勅使川原さんは2020年6月、当時38歳のとき、乳ガンと診断された。腫瘍の大きさは5センチを超え、脇のリンパ節には18個もの転移が見つかった。胸の違和感は3年ほど前からあったが、仕事の忙しさや健康診断でも問題視されなかったことから、発見が遅れたという。
幼い子ども2人を育てる母親として、将来への不安は尽きなかった。一方で、ガンになってほっとした気持ちもあったと明かす。
「これでやっと休めると思いました。それまでは、誰よりも活躍したいとか、成功しているように見られたいという思いが強く、失敗や不幸から逃げ惑って生きてきた感覚があったからです。ガンになり『これでおしまいだ』ではなく、『もう逃げ惑わなくてよくなったんだ』と思いました」
それまでは土日もほぼ休みなく働き、当時2歳だった長男が靴ひもを結ぼうとすることさえも待ってあげられないほど仕事に追われていたと振り返る勅使川原さん。子どもたちが社会人になったとき、能力主義がはびこる社会であってほしくない――。そんな思いが執筆を後押しした。
ガンになって、ほかにも気付きがあった。「能力論と同じで、人生は短いより長い方がいいとか、小さいより大きい方がいい、弱いより強い方がいいといった二項対立が世の中にはたくさんあります。でも本当にそうだろうかと感じました」
勅使川原さんは、能力論は将来「健康」に行き着くのではないかと予想する。「ウェルビーイング」「健康経営」といった言葉が近年盛んに登場するが、「病気を患っている人からすれば、健康じゃなければダメなの? と思ってしまう」と勅使川原さんは話す。今回の著書は「元気なほうがいいに決まっている」という世の中の価値観に対する問題提起でもあるという。
組織開発コンサルタントとして活躍する勅使川原さんだが、大学院を卒業後はさまざまな紆余曲折があったと明かす。1社目の市場調査会社を辞めた後は、精神科医を志し、医学部の学士編入試験を受けたことがある。結果はいずれも不合格だった。
「行き当たりばったりで、人生の戦略なんてありません(笑)。成功者は本当にきれいな道筋を語りますが、実際はどう転ぶかなんて分かりません」
昨今の能力主義の広がりは、そんな人生の道筋を描くことさえ、無駄なく最適なコースを歩むように戦略的思考力の養成を求めるほどの勢いを見せる。
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