「CX-60」好調のマツダ EV時代にエンジン車へこだわるのはなぜか鈴木ケンイチ「自動車市場を読み解く」(1/4 ページ)

» 2023年04月28日 07時00分 公開
[鈴木ケンイチITmedia]

 現在のマツダに対して、「クルマ好きに愛される」「玄人向け」などのイメージを持つ人が多いようです。2022年秋に発表された「CX-60」や、売れ行きが好調な「ロードスター」の評判の良さが、その理由でしょう。

car ロードスター(プレスリリースより引用)
car CX-60(プレスリリースより引用)

 CX-60と同じプラットフォームを使う新型の大型SUVを、日欧米に3モデル投入することも予告されています。その様子は、順風満帆に見えます。しかし、マツダの歴史を知る人であれば、やや“前のめり”な姿勢に一抹の不安を抱くかもしれません。なぜならマツダは、過去に何度も絶体絶命の状況に陥ったことがあるからです。

創業時から波乱含み

 マツダは1920年、東洋コルク工業として創業しましたが、その創業時から経営は波乱含みでした。創業直後には、第一次世界大戦後の戦後恐慌が勃発。さらに3年後には関東大震災が発生しました。

car 1921年頃の東洋コルク工業 (公式Webサイトより引用)

 その影響による景気悪化を乗りきるため、東洋コルク工業はリストラを実施して再建を進めました。ところが、25年12月に工場の大半を焼失する火災に見舞われます。まさに泣き面に蜂。この逆境に臨み、社名を東洋工業と改め、コルクから機械へと業務内容を変更します。

 その後、同社は31年から三輪トラックの販売を開始。三輪トラック市場で大きく成長します。第二次世界大戦と、本拠地である広島への原爆投下という悲劇にも見舞われますが、それらを乗り越え戦後復興を遂げていきます。

car 1931年から三輪トラックの販売を開始 (公式Webサイトより引用)
       1|2|3|4 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.