「いやいや、日本軍と戦後の企業は結びつけるのはさすがに強引だ」と思うかもしれないが、戦後復興をして、現在の日本企業のプロトタイプをつくったのは、軍隊に復員した経験のある人か、戦時体制の中で「産業戦士」として軍需工場で生産に従事していた人だ。
日本人は学校教育の弊害で、1945年8月15日を境に日本社会がガラリと変わったと勘違いしている人も多いが、現実はそうではなく、戦争が終わっただけで、社会ムードや組織カルチャーはバリバリに戦時中のものを引きずっていたのだ。
だから、日本企業も日本軍のような「員数主義」がもたらす不正が当たり前のように残った。
分かりやすいのは、97年に発覚した「日立原発虚偽報告問題」だ。
これは日立がメインで手掛けた国内18基の原発の配管溶接の熱処理を巡る温度記録が虚偽報告されていたという不正だ。これも古くは82年ごろから、つまりは15年以上前から続いていたと内部告発で明らかになった。
このときも日本人は「あり得ない」とショックを受けた。当時、日立や東芝は「世界一の原発技術」をうたっていた。日立側は放射性物質が漏れ出すなど安全性に問題はないと釈明していたが、そんなインチキが見つかることに以下のようにショックを受ける人が多くいた。
『「品質の日本」根底揺さぶる 下請け任せ 信用失墜の危機』(日経産業新聞 1997年9月18日)
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