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ChatGPTと差別化したオラクルの「産業特化型の生成AI」 B2CとB2Bで起こる変化新春トップインタビュー「ゲームチェンジャーを追う」

» 2024年01月16日 08時00分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 2023年は生成AIにあらゆる企業が注目した1年だった。生成AIそのものの開発競争も佳境に入っただけでなく、生成AIを企業の生産性向上にどのように活用できるのか、さまざまな企業が試行錯誤した年だったといえる。

 日本オラクルは24年を「エンタープライズ向け生成AI元年」と位置付けた。生成AIそのものの研究開発ではカナダのスタートアップ「コヒア」に出資する一方、「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」をはじめとする企業向けソフト群への生成AIの導入を目指すなど独自の展開を見せている。

 生成AIにおけるオラクルの差別化のポイントは、ChatGPTなどの一般向けで汎用的な生成AIとは異なり、産業分野向けにも注力している点だ。ChatGPTをはじめとする汎用生成AIと、オラクルが目指すエンタープライズ向け生成AIは、今後どのようなすみ分けがなされていくのか。前編中編に続き、日本オラクルの三澤智光社長に聞いた。

photo 三澤智光 1964年4月生まれ。横浜国立大学卒。87年、富士通に入社。95年、日本オラクルに入社。専務執行役員テクノロジー製品事業統括本部長、副社長執行役員データベース事業統括、執行役副社長クラウド・テクノロジー事業統括などを歴任。2016年、日本IBMに移籍。取締役専務執行役員IBMクラウド事業本部長などを務める。20年12月に日本オラクル執行役社長に就任。21年8月より取締役を兼務

汎用AIは広告宣伝市場へ エンタープライズ向け生成AIは?

――三澤社長は生成AIが今後、産業ごとに特化したバーティカルな方向に進むと言いました。24年以降、ChatGPTのような汎用生成AIの動きはどのように差別化していくと考えますか。

 まず米国のOpenAIやAnthropic、xAIといったスタートアップが開発する汎用生成AIはとても素晴らしいものです。研究開発費もかかっていて、賢いです。でもあれは本当に大きい市場を取りに行くAIだと思います。大きい市場とは何か。それは広告宣伝市場です。

――Googleのようなビジネスモデルということでしょうか。

 そうですね。だから米Microsoft(マイクロソフト)もあれだけのお金をかけるわけです。そういう広い、汎用的なコマーシャル市場のためには、OpenAIはすごいと思うし、Anthropicのチャット機能も可能性があると思います。

――どちらかというとB2Cの消費者向けを狙ったサービスですよね。

 汎用的なコンシューマーマーケットを狙っています。だからパラメータも多ければ多いほど良いわけです。パラメータが多ければ多いほど、GPUを多く回さなければなりませんから、開発コストは莫大にかかります。それこそ1年間で1000億円から2000億円かけてGPUを回すために開発しています。

 そうすると今度は、その数千億円の開発コストを回収しなければなりません。その莫大な金額をどこで回収するかというと、1個1個エンタープライズで回収している暇はないと思います。

――エンタープライズ向けに特化しているオラクルとは、ビジネスモデルがまるで異なりますね。

 例えば、オラクル自身がサーナーという電子カルテの会社を買収し、ヘルスケア向けの生成AIなど、より産業分野に特化したところに投資しています。OpenAIの言語は優等生ですが、例えるならすごく賢い新入社員や、新米のお医者さんみたいなものだと思っています。

――単に優秀な学生を育てるというだけでなく、そこから職業別に特化させていかなければならないということですね。

 そうです。医者であれば、プロのお医者さんになるのに特化したトレーニングをしていかなければなりません。医大生が心臓外科のノウハウを持っているかというと、持っているわけがないですよね。これに対して汎用的な生成AIは、頭のいい学生を生み出そうとしています。そして恐らくOpenAIはそれだけの投資を回収しに行くために、バーティカルな方向ではなく、もっとコマーシャルな市場を取りに行くのだろうと思います。

――オラクルは世界の医療分野において、電子カルテなどで高いシェアを持っています。医療分野の生成AI活用は、どのように進めていくのでしょうか。

 生成AIの活用可能性で一番よく聞く場面は、ナレッジワーカーのサポートです。例えば医師です。医師は患者に接している時間が全体の1〜2割しかないのだそうです。残りの時間は調べものと書きものに使っていて、それは生成AIが一番得意なところになります。だからオラクルはそこを賢くして、医師が患者に向き合う時間を、現状の1〜2割から4〜5割まで引き上げていきます。

――これは他分野にも言えることだと思いますが、単純作業を減らし、その分クリエイティブな業務を増やすわけですね。

 臨床で活用できる可能性もあります。具体的に言うと、例えばがん患者の再来院率は医師によって変わるようなのです。生成AIを使うことによって、ある程度プロの指導方法のようなものを提案できるようになると、大きく状況が変わってきます。

 既に、AIを活用したことによって再来院率を30%ぐらい下げた先生もいます。そういう生成AIはもうできています。

――AIを活用することによって、へき地医療などの問題解決も期待されています。

 賢い人はもういろいろなユースケースを考えています。例えば、いろんな項目にさまざまなパラメータが何百個もあるようなアプリがあります。そういったものは使いづらく、人が組み合わせて使う上では習熟が必要です。しかし生成AIにこれを任せることによって、ユーザーがすぐ使えるようになります。

photo 日本オラクルのオフィス

ガバメントクラウドのカギは?

――日本オラクルは22年、デジタル庁のガバメントクラウドに選定されています。

 日本のガバメントクラウドのステークホルダーは、実はクラウドベンダーではありません。地方自治体にパッケージを提供しているベンダーさんが全国各地におり、彼らが一番のステークホルダーになります。そのパッケージベンダーさんがチョイスするクラウドが、実際に各自治体に入ってきています。

 ですから、自治体さんが例えばAmazon Web Services(AWS)を入れようとしてそうなったのではなく、その自治体と古くから付き合いのあるベンダーさんがAWSを採用した結果、AWSに決まった経緯もよくあります。その結果、運用コストが高くなってしまった記事も目に付きます。

――つまり、自治体にパッケージを提供しているベンダーに、いかにクラウドを理解してもらうかが重要なわけですね。

 オラクルはそういうISV(独立系ソフトウェアベンダー)の方々を支援しています。ISVでクラウド化がモダナイズされて、よりローコストな仕組みにできないと、地方自治体の負担が増えるだけになってしまいます。

 例えば熊本県のRKKCSさんだけで全国の3割の地方自治体を支えていますし、群馬県のジーシーシーさんも北関東で相当数の自治体を支えています。岡山県の両備システムズさんは、自治体向けだけでなく医療機関向けにもシェアを持っています。こういったISVの皆さんが、圧倒的に安くて早いという理由で、OCIを選んでいます。

――オラクルにとって日本市場の位置付けを教えてください。

 コーポレーションから見ると、日本は引き続き重要な国です。オラクルでは、ノースアメリカ、ラテンアメリカ、APAC(アジア太平洋)、EMEA(欧州、中東、アフリカ)、そして日本という形で常にPL管理をしています。

 日本を重要な市場と位置付けていて、日本に特化したサポート体制や機能強化に本社は積極的に取り組んでいます。アジア地域で見ても、日本ではクラウド事業の伸びに特徴があります。日本がアジアをけん引していくことも含めて、本社の日本に対する期待感は大きいといえます。

――三澤社長のファーストキャリアは富士通で、日本企業にいた経験もあります。日本企業と外資を両方経験して、日本企業の課題をどう感じていますか。

 いいか悪いかは別として、日本企業や日本人の良いところとして、契約がいらない点があると思います。書面の契約よりも口約束の方が重要なところさえあります。信用でいろいろなものが決められる商流は素晴らしいと思います。

 しかし、市場が日本だけで収まらなくなり、グローバルで戦うようになるときには、その文化は通用しなくなります。いいところを残しつつ、世界的なスタンダードをどう取り入れていくかが大事だと思います。要はダイバーシティーですね。

 今は大分変わってきているものの、多くの日本企業では、新卒から定年まで勤め上げる働き方が標準になっています。もっと人材の流動性、人材のダイバーシティーのあることが重要だと思います。新卒で入った会社しか知らないというのは、むしろリスクになってくるでしょう。

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