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孫泰蔵がシリコンバレーで見た自動運転車の未来 「移動にお金を払う時代」は終わる

» 2024年02月14日 08時22分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

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 連続起業家の孫泰蔵氏は世界中を飛び回りながら、さまざまスタートアップを支援している。2023年11月に東京・神田で開催された「ほぼ日」の株主ミーティングにゲストとして参加。講演するとともに、ほぼ日で社長を務める糸井重里氏と対談した。

 今回は、孫氏が「AIによってこれから大きく世の中が変わる」と語った講演の内容をお伝えする。講演では前半に孫氏が起業を始めたきっかけとして、米ヤフーの共同創設者であるジェリー・ヤン氏との出会いについて話した。

 その後「人類が自動車で移動するのにお金を払う時代を終わらせる」とのビジョンを掲げた自動運転車を開発する企業など、孫氏がこれまでに出資や支援をし、世の中を変えようとしているスタートアップを紹介。AIが世の中を大きく変えていくと指摘した。

孫泰蔵(そん・たいぞう)連続起業家。大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにシリコンバレーのようなスタートアップのエコシステムをつくる」とビジョンを掲げ、スタートアップ・アクセラレーターのMOVIDA JAPANを創業し、ベンチャー投資やスタートアップの成長支援を始める。14年にはソーシャル・インパクトの創出を使命とするMistletoeをスタート。16年には子どもに創造的な学びの環境を提供するグローバル・コミュニティのVIVITAを創業している。著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)

起業に多数成功 その裏で倍以上の大失敗も

 「私は仕事柄、世界中を飛び回っていまして、最先端の技術に触れる機会が皆さんよりもちょっとだけ早いことから、これから大きく世の中が変わっていくと感じています」

 『これからの森をゆくために。』と題した孫氏の講演は、ほぼ日の株主ミーティングのイベントとして開催された。孫氏は連続起業家として成功を収める一方で、現在はシンガポールを拠点に日本や各国を行き来しながら、スタートアップの支援を手掛けている。ソフトバンクグループ会長兼社長執行役員を務める、孫正義氏の弟としても知られる。講演ではこれから起きる大きな変化について、自身が関わっているスタートアップも含めた世界の動向を紹介した。

 孫氏が起業したのは、大学に在学中の1996年。きっかけは、米ヤフーの共同創業者で、当時はまだスタンフォード大学の大学院生だったジェリー・ヤン氏と出会ったことだった。検索エンジンの可能性については米国でもまだ理解されていなかった頃、ジェリー・ヤン氏は次のように説明していたと孫氏は振り返る。

 「彼はヤフーを『ニュートンみたいな人の前でリンゴを落とすようなサービスだ』と説明しました。ニュートンがリンゴの木の前を歩いていたらリンゴが落ちて、万有引力や重力のコンセプトを思い付いた。もしもリンゴが落ちなかったら、彼は素通りして、何も思い付かなかったかもしれない。そうすると、遅かれ早かれ誰かが発見したかもしれないですけど、私たちの文明は随分遅れて、いまだに電気が発明されずに、ろうそくで暮らしていたかもしれないですし、自動車もなくて籠で移動していたかもしれない。

 当時のインターネットは一部の研究者しか使っていないものでしたが、いずれ人類全体が使うようになって、あらゆる情報や知識、知恵が載ってくるようになる。けれども、欲しい情報がぱっと手に入らなければ、(それは情報が)ないのと同じです。だから未来のニュートンのような新しい発明をする人の前に、インスピレーションをぱっと出してあげることが人類にとって必要で、人類のためにやっていると彼は言いました。それを聞いてガーンとショックを受けて、生まれて初めて興奮して寝られない経験をしました。(ヤフーの)日本語版がないことは大変な損失なので、日本での立ち上げを絶対にやらなければならないと思ったのです」

 孫氏は8畳のアパートでヤフー・ジャパンの立ち上げプロジェクトを始めたことで、起業家の道を歩むことになった。その後、多くの企業の立ち上げを成功させてきた。しかし、孫氏は「自分ほど起業に失敗した人はいないんじゃないか」と言い「だからこそ自分と同じ失敗をしないように若い起業家に伝えたい」とスタートアップを支援する理由を述べた。

 「存在感を出せた企業がある一方で、その倍くらい大失敗もしました。ロゴを見るのも嫌でトラウマになっている会社もいっぱいあって、少なくとも同世代や年下に私より失敗した人は、世界を見渡してもそんなにいないんじゃないかという自信があります。いっぱい失敗をしたから、後に続く後輩たちが頑張りたいときに、それをやると痛い目を見るよといえるようになったのかなと思っています」

自動運転車が普及すると何が起こるのか

 講演で孫氏は、1900年頃にニューヨーク5番街で撮影された写真をスライドに映した。歴史上初めて自動車が公道を走った日の報道写真で、多数の馬車の中に自動車が1台だけ走っている。

1900年頃にニューヨーク5番街で撮影された写真

 次に映し出したのは1913年の同じ場所の写真。今度は多数の自動車が走っていて、馬車は1台しか見ることができない。この写真が物語っているのは、100年に1回くらい、10年ほどで風景がガラッと変わるような激変が起きることだと孫氏は指摘した。

1913年の同じ場所の写真

 「車が作られて販売されるだけでは、こうはならないですよね。道路交通法などの法律が新しくできなきゃいけない。車検や信号、ガードレール、横断歩道、ガソリンスタンドなどが全部そろわないとこうはなりません。それらが10年以内に起こって、こんなに普及したのは、どれだけすごい変化があっという間に起こったのか想像できると思います。私は自分たちの仲間内でこの写真を使って、これから10年で風景が変わることが起こると言っています。それは自動運転車が出てくることです」

 孫氏が現在関わっている企業は、約15カ国で250に及ぶ。自らが出資していて、今まさに社会に大きな変化を起こそうとしている企業をいくつか紹介した。その一つが、自動運転車を開発する米シリコンバレーの企業だ。AIを学習させるため、さまざまな場所や条件で走行テストをして、安全性が高まったとして2023年からロボットタクシーの運用を始めた。

 この企業は「人類が自動車で移動するのにお金を払う時代を終わらせる」というビジョンを掲げている。ロボットタクシーも、現在は普通のタクシーと同じ料金で運行しているものの、将来的には普通に走るだけなら無料化することを目指す。

 タクシーのコストは85%が人件費なので、自動運転になれば削減できる。残りの15%は、速いスピードで走ることや音楽をかけるといったトッピングを用意して、手数料を取ることで賄えるようになる。無料でどこにでも行けるようになると、車を所有する必要がなくなるだけでなく、都市の在り方も含めて世の中を大きく変えると孫氏は説明した。

 「車がなくなると、街から駐車場がいらなくなります。サンフランシスコでは駐車場と、それに付随する面積が街全体の30%に上るそうです。それが不要になれば緑地に変えたり、新しい公共施設に変えたりできます。大都市の3分の1が別の用途に変えられれば、街づくりを根本から変えられます。駅から徒歩何分といったことは関係なくなり、土地の値段の付き方も変わるでしょう。自動車が自動運転になるだけでも、いろいろなインパクトがあることを考えると、時代がガラッと変わるとしか言いようがないと思います」

自分たちの常識が「若い世代の害」になる

 自動運転以外にも、ドローンで配送する企業や、プラスチックのごみを再生可能で環境に害のないものに変える企業、海水でも米を育てられる技術を研究している企業など、孫氏が出資や支援をしていて、世の中を大きく変えていこうとしているスタートアップが紹介された。こうした変革を実現しているのはAIだ。

 「これらの企業に共通するものは何かというと、全部AIのおかげです。創業者は20代から30代で、AIを使って魔法使いのようなことをやっています。そういうものがどんどん生まれてくると、本当にいろいろなものが変わっていくと思います。

 私たちの世代だと、ビジネスで成功したいという感じで取り組んでいました。若い世代はAIをどんどん使って、本気で世の中の問題を解決したいと思っている人たちがいっぱいいます」

 ただ、孫氏はスタートアップの支援をする際に、自身の経験を押しつけないように気を付けているという。その理由を次のように語った。

 「子どもに対して、自分の経験をもとに『こうした方がいいんじゃないか』とアドバイスしますよね。しかし、それは20年以上前の話です。その子が20年後に大人になったときには、40年以上のギャップが生まれます。これから時代が大きく変わるときに、自分たちがいいと思っていたことや、常識みたいなものが、むしろ害になるもしれません。

 だから、先輩起業家としていろいろ教えを請いたいと言ってくださるのはありがたいけど、『僕のノウハウは役に立たないと思うよ。なので一緒に考えよう』と伝えています。1人より2人、3人で文殊の知恵でどうしていくべきかを考えます。自分たちの常識みたいなものにとらわれないようにしないと、若い世代の子たちの足を引っ張るかもしれないなと今すごく思っています」

 次回は、有望なベンチャーを見分ける方法などについて、糸井氏と対談した様子をお伝えする。

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